【独自】2/8投開票・第51回衆院選 北海道内“深層”レポート〈4〉10区・11区・12区・比例道ブロック【財界さっぽろ編集部総力取材】

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雪の北見市役所

 通常国会冒頭解散からわずか4日。戦後最短の超短期決戦となった第51回衆議院総選挙について、財さつJPでは4回に分けて北海道内12の小選挙区と比例道ブロックの情勢をお届けする。最終回は北海道10区・11区・12区と比例北海道ブロックについて。以下は文中すべて敬称略。

 顔写真や各候補の訴えは公式WebサイトやSNSなどのリンクを用意したのでそちらを参照のこと。現在行われている期日前投票、2月8日の投票日に向けて参考にしてほしい。

(文中の政党略称=自民→自由民主党、中道→中道改革連合、立憲→立憲民主党、維新→日本維新の会、公明→公明党、共産→日本共産党、国民→国民民主党、社民→社民党、れいわ→れいわ新選組、参政→参政党、保守→日本保守党、大地→新党大地)

〈10区〉=夕張市、岩見沢市、留萌市、美唄市、芦別市、赤平市、三笠市、滝川市、砂川市、歌志内市、深川市、南幌町、奈井江町、上砂川町、由仁町、長沼町、栗山町、月形町、浦臼町、新十津川町、妹背牛町、秩父別町、雨竜町、北竜町、沼田町、増毛町、小平町、苫前町、羽幌町、初山別村、遠別町、天塩町

渡辺 孝一(わたなべ・こういち)1957年11月25日 元職(4期)自民公認
元総務副大臣、元総務政務官、元防衛政務官
https://www.facebook.com/watanabekoichi1957/

神谷 裕(かみや・ひろし)1968年8月10日 前職(2期)中道公認
元衆院議員秘書、元日本かつお・まぐろ漁協職員
https://kamiya-hiroshi.jp/

 自公の象徴区が崩れた10区。自民から元職で当選4期の渡辺孝一が出馬する。今回初めて小選挙区からの挑戦となる。

 10区は2012年の衆院選以降、小選挙区の候補を公明・稲津久に譲り、その見返りとして、自民は渡辺を当選確定な比例単独上位に置いてきた。

 自民には衆院選の比例の単独上位優遇は原則2回までという内規がある。21年の衆院選では、比例単独下位での処遇が浮上したが、渡辺が所属する派閥の領袖・岸田文雄が総理大臣に就任したことで、異例の4回目となった。

 小選挙区では稲津が立憲系の小平忠正、神谷裕に勝ち続けた。その自公象徴区に地殻変動が生じたのは24年10月の前回選挙。「政治とカネ」の問題が噴出し、自民は道内でも大敗。自公連携の象徴だった道10区も公明現職の稲津が議席を失った。同時に比例の順位を下げ、単独12位で出馬した渡辺も落選した。

 稲津は昨年11月末、10区から出馬しない意向を表明。それもあって自民10区支部は久しぶりの独自候補擁立を決め、公募を実施。支部からは公募に応じた渡辺と空知管内道議の植村真美の中から党本部が渡辺を選んだ。

 ちなみに、その後自民は新たな自公象徴区を模索し、3区そして4区が浮上したが、公明の連立離脱で頓挫した。

 10区を禅譲したことで、ほかの選挙区では公明票の上積みで自民候補を当選させてきた。その代償として「10区自体の自民支部は、組織として弱体化してしまった」(地元自民関係者)との声がくすぶる。

 何せ独自候補の擁立は2009年以来、17年ぶりのこと。「もう一度、基礎票の掘り起こしを行っていきたい」(前出自民関係者)

 自民関係者が気にかけているのが、当然、14年間もともに小選挙区で戦ってきた公明の存在だ。

 公明と立憲が合流した今回の中道結党について、渡辺はメディアの前で度々「多少票が離れるかもしれないが、連立のときと同じようなお付き合いをしていこうと思っている」と発言。

「公明、創価学会関係者はこれを快く思っていない。10区自民支部自体は一生懸命稲津の選挙をやってきたけれど、比例で優遇されてきた本人はというと、真摯にやっていたとは思えない」と話す政界関係者は少なくない。

 そのため、「渡辺が公明や中道について、話せば話すほど票が離れていく」(地元政界関係者)という声もある。

 それでも10区支部は地元公明に秋波を送る。

 ある選対幹部は「過去4回の衆院選を通じて稲津が管内を隅々までまわってくれたことで、与党政治を根付かせてくれました。今回の中道結党に苦しい思いをしている公明、学会関係者がいます。そういった方々に対しても、26年間の自公政権、そして稲津の政策を引き継ぐ与党代議士の必要性を丁寧に呼びかけていきたい」と説明する。

 前回初めて小選挙区で勝利した神谷は中道から出馬。渡辺との一騎打ちとなる。

 「昨日の敵は今日の友」。政治の世界でよく言われるが、10区の立憲、公明関係者にはまさしくこの言葉が当てはまる。一方で、とくに公明、学会関係者は複雑な感情を抱えている。

「稲津も『どう立ち振る舞っても迷惑がかかるため、今回は選挙に関与することはしない』と周囲に漏らしている」(地元公明関係者)という。

「公明と学会側は告示前、立憲側に道内全選挙区で基礎票の最低6割を中道候補に寄せることを〝保証〟した」(野党関係者)という話がある。

「それでも10区内の公明、学会票の3分の1程度は白票になるのではないか」(政界関係者)との見方もないわけではない。とはいえ、メディアなどの世論調査の結果を踏まえると神谷優位だ。

「立憲と公明支部は、これまでの敵同士という関係があったため、今回の選挙戦で急激に協力関係を築くということはしていない。気持ちの整理がついていない双方の支援者に配慮して慎重な姿勢だ」(野党関係者)

 中道の北海道比例ブロックで単独1位で出馬する佐藤英道が告示後、10区入りした。神谷を個別に応援するためではなく、自身の支持を呼びかけた。 立憲、公明の両支部は、佐藤の10区入りの情報を共有していなかったが、たまたま管内を走っていた立憲側の街宣車とすれ違った。「神谷は乗っていなかったが、互いに手を振り合った」(地元立憲関係者)

 告示直後のメディアの世論調査は、高市人気もあって、自民が現有議席を超えるとの結果がほとんだ。

「これを受け、今後、公明本部がトップダウンで『中道候補を応援するように』という〝お達し〟を出すことも考えられる。選挙戦が終盤に迫るにつれて、現状の枠組みの中で最大限、立憲、公明で連携していけたらいい」との声が神谷陣営から聞こえる。

〈11区〉=帯広市、音更町、士幌町、上士幌町、鹿追町、新得町、清水町、芽室町、中札内村、更別村、大樹町、広尾町、幕別町、池田町、豊頃町、本別町、足寄町、陸別町、浦幌町

石川 香織(いしかわ・かおり)1984年5月10日 前職(3期) 中道公認
ネクスト地方創生・消費者・沖縄北方担当大臣、党副幹事長、元日本BS放送アナウンサー
https://ishikawa-kaori.net/

中川 紘一(なかがわ・こういち)1990年6月20日 新人 自民公認
元東京海上日動火災社員
https://nakagawakoichi.jp/

宇都 隆史(うと・たかし)1974年11月12日 新人(参院2期) 参政公認
元参院議員、元航空自衛官
https://x.com/UtoTakashi01

「なぜ〝弔い合戦〟をしないのか」

 政党やマスコミ各社の序盤調査が出そろった1月30日、中道・石川香織と近い中道候補はその結果を見て首をかしげた。

 各社とも石川が記事の頭、つまりリードしつつも「しのぎを削る」「互角」「伯仲」「わずかに優勢」と表現。1年3カ月前の2024年衆院選では自民候補を圧倒し、比例復活も許さなかった石川の〝苦戦〟を伝えるものだったからだ。

 17年衆院選で、小沢一郎秘書時代の政治資金規正法違反で有罪、公民権停止中だった夫・知裕に代わって出馬したのが石川だった。

 十勝全域に〝石川党〟と呼ばれる強固な後援会を築き、保守王国の十勝に風穴を開けたのが知裕。有罪判決の翌日に知裕からプロポーズを受け結婚したのが石川。知裕に代わりバッジを付けてからは常に、夫との二馬力で活動してきた。その知裕は昨年9月、がん闘病の甲斐なく、志半ばで死去した。

 帯広市内で行われた知裕の葬儀は、市内最大の斎場を2会場とも使用。あふれるほどの供花が届き、国会議員や支援者700人超が駆けつけてその死を悼んだ。

 解散が取りざたされる前から「誰が出ても石川が弔い合戦で有利」とする見方は多かった。だから冒頭の中道候補は首をかしげたのだ。

 1月25日、帯広市内で行われた総決起集会でこそ、石川は「(知裕から)やり残したことを託された」と言葉を詰まらせながら語った。だが27日の公示後第一声でも、その後の街頭演説でも、今のところ知裕について語ることがなく、街宣車にもその遺影はない。

 石川に近い関係者は「やがて来る衆議院の定数削減で、11区は十勝に根を張る鈴木宗男とその娘の貴子が地盤とする7区と合併する可能性もある。病床の知裕さんとは、そうなった時のことを考えて準備をするよう話をしていたそうだ。今回は仇敵の中川家ではあっても35歳、政治活動未経験の新人が相手。弔い合戦という同情票に頼るようなら、後にやってくるかもしれない鈴木父子との戦いはおぼつかないと考えているのではないか」と、石川の心情を推し量る。

 その上で「だが現在のところ、そうした考えは〝石川党〟の末端には届いていないように感じる。むしろ『演説で知裕のことに触れてくれないのはさみしい』といった声すらある。確かにここで苦戦するようなら鈴木父子との戦いにも苦労するだろう。だが選挙は何が起きるかわからない。香織さんが自らの力だけで勝ちたいと思う気持ちは理解するが、だからといって弔い合戦にしないで戦うこと自体、恐らく、知裕さんは望まないのではないか。勝つこと自体が重要なのだから」と危惧する。

 一方の自民新人・中川紘一は、初挑戦ながら後のない戦いをここまで強いられている。

「次から次にマイナス材料が出てくる。全くの新人に対する試練としては過酷に過ぎる」

 解散を前にした1月下旬、中川陣営の1人はこう言ってかぶりを振った。

 電撃的な立憲・公明の新党結党で、管内の基礎票1万3000票あまりという公明が、過去3度にわたり歯が立たなかった石川の側に付いた。24年衆院選は候補を擁立した共産は今回擁立を見送り、リベラル票の分散が期待できなくなった。23日には保守色の強い参政が宇都隆史を擁立。公示前日の夜には本サイト既報の通り、自民の元職・新人7人が比例名簿で同率7位に処遇された。いくら惜敗率で上回っても、復活当選の見込みはほとんどない。

 中川にとって保守王国の基礎を築いた一郎は祖父、急死した一郎の後を継いだ昭一は父・英二の兄で自身に取っては伯父。そしてその妻で、前回衆院選まで11区公認で出馬した郁子は義理の伯母だ。

 中川は昨年、郁子の次期衆院選不出馬を受けて行われた11区支部長の公募に応じ、その座を射止めた。だがその前段、郁子はSNSでこう記した。

「主人(昭一)の選挙応援にも、私の選挙応援にも、一度も来たことはありません。こんな関係です」

 本誌財界さっぽろでかつて報じた通り、昭一・郁子と英二には一郎の妻・貞子を挟んで確執があった。とくに郁子とは相続をめぐって訴訟沙汰になった過去もある。郁子がこういう反応をすること自体は理解できる。

 だが今回の選挙では、その冷たい関係に留まらず敵対的行動にまで及んだ。

「郁子は参政の宇都に対し、水面下で協力している。1月半ば、帯広市内のホテルで中川陣営が会合を持った。それと同じ時間帯、同じホテルのラウンジで郁子と〝オレンジ色のネクタイをした男性〟が密談しているところが複数人に目撃されていた」

 24日に札幌市内で参政が記者会見を開催。その際、宇都は郁子から届いたという「宇都さんが出てくれて、ホッとしました」とのメッセージも紹介した。

 かように中川にとっては悪材料ばかりの中での初挑戦。海外生まれで土地勘がない中川は、準備期間も道内12選挙区の自民候補でもっとも短い。それだけに、陣営は割り切った選挙を展開している。

「とにかく〝地上戦〟をやっている。建設や農協などの職域ごとに単票を集め、町内会を草の根で回る。〝昭和〟のやり方でいい。1票でもかき集める」(中川選対関係者)

 広い十勝管内、候補が回り切るには時間もなく、地上戦は人海戦術と言える。その意味で、ホクレン会長の篠原末治を連合後援会長として、管内JAや有力企業トップが名を連ねる中川陣営は石川のそれを凌駕する。

「石川も中川も、SNSを使った空中戦には不慣れ。同じ地上戦なら、人手が多いほうが有利だ」(前出中川選対関係者)

 加えて、SNSでの高市人気は中川にプラスに働く。これも、情勢調査が両者拮抗する理由だろう。

 唯一、SNSを駆使した選挙を得手とする参政の宇都だが、これまでは独自の戦いに留まっている。

 本稿更新前日の2月1日夜、石川はSNSを更新。夫・知裕の大きな写真とともにこう記した。

「この方も相当心配してるはず。  皆さんに支えてもらって何とか踏ん張るよー!あ、あとフリース借りてますー!」

 選挙戦も残り半分、石川は亡き夫と〝二馬力〟での戦いにシフトをするものと見られる。

 互いに異なる形で前任者の遺志を継いだ2人のデッドヒートは、最終盤まで続く。

〈12区〉=北見市、網走市、稚内市、紋別市、猿払村、浜頓別町、中頓別町、枝幸町、豊富町、礼文町、利尻町、利尻富士町、幌延町、美幌町、津別町、斜里町、清里町、小清水町、訓子府町、置戸町、佐呂間町、遠軽町、湧別町、滝上町、興部町、西興部村、雄武町、大空町

武部 新(たけべ・あらた)1970年7月20日 前職(5期)自民公認、公明推薦
党政調会副会長兼事務局長、元文部科学副大臣、元農林水産副大臣、元衆院議員秘書
https://takebe-arata.com/

川原田 英世(かわはらだ・えいせい)1983年1月12日 前職(1期) 中道公認
元網走市議会議員、元衆院議員秘書
https://eisei-kawaharada.net/

「今、利尻島から礼文島に移動してきましたが、前が見えないくらいの雪が降っています。12区は日本一広い最北の選挙区です。真冬の衆院選における象徴的な場所ではないでしょうか」

 合同選対本部の発足総会にリモート参加した中道・川原田英世はこう訴えた。

 1万5000平方メートルの面積を誇る12区は前回、自民・武部新が川原田との一騎打ちを制した。武部は過去、他を寄せ付けない戦いを繰り広げてきたが、前回はわずか7000票差の辛勝。川原田の比例復活を許した。

 これまで、武部は父・勤が築き上げた〝王国〟を守り続けてきた。しかし、前回は自民党に対する「政治とカネ」問題の逆風を受け、得票数は7万8645票。前々回から1万8989票減らす形となった。

 さらに、地元関係者の間では昨年春ごろに「川原田の積極的な街宣活動で、7000票差が埋まったのではないか」との話も流れた。SNSなども含めた地元活動の評判よかったためだ。

しかし、川原田は「立憲12区支部の体制を強化していかないと、このまままでは当選できない」と近しい人間に訴えていたという。

 10月中旬、公明は自民との連立政権から離脱。これを受け、武部は公明関係者との関係性を維持しようと動いてきた。今年1月14日、武部は自民道連会長として、公明に選挙協力を打診する方針を決定。

しかし、その翌日に立憲と公明が新党を結成することで合意した。

「地元の人たちは、武部には何も情報が入っていなかったのか、と苦笑いでした。武部後援会も一枚岩ではありません……」と自民関係者は話す。

 12区の公明比例票は1万5032票。川原田に上乗せすると、順位は逆転する計算になる。

「前回の情勢調査で武部が劣勢という結果を見たときには肝をつぶしました。しかし、衆院選解散後の調査で同様のデータが出たときにはもう驚きませんでした」(自民関係者)

 6選を目指す武部陣営は公示日の翌日に〝高市早苗のぼり隊〟を結成。個人演説会で候補者の後ろをついて歩く動画を「高市行列」と題し、SNSにアップした。首相の高支持率にあやかる作戦は功を奏しているようで、最新の情勢調査では「ややリード」とも言われているが、余談を許さない状況だ。

 一方の川原田は前回、大票田の北見市や網走市、武部家の地元・斜里町でも得票数を上回る健闘を見せた。

「前回は選挙戦の終盤で、川原田の意向もあり、離島などを回った。それが悪いことだとは言わないが、戦略的にいえば、浮動票が大きく動きやすい北見市などで力をいれるべきだった。今回は雪の関係で移動も限られるため、効率的に動いていきたい」と中道関係者。

ただし、前回のように自民へお灸を据える意味での批判票が川原田に回ってくる可能性は低い。公明との協力体制を残り一週間でどれだけ固められるかがカギとなっている。

比例北海道ブロック(定数8)

北海道ブロックの比例定数は8。前回選挙を振り返ってみると、各党の獲得議席数は次の通り。

自民 3
立憲 3
公明 1
国民 1

 今回の序盤情勢では自民の好調ぶりが顕著だ。高市内閣の支持率を考えれば、自民の3議席は確実といえる。

 解散直前に衆議院の立憲と公明議員が集まり中道が旗揚げされた。

「中道は事実上現状維持の4議席といいたいところだが、なかなか難しいのではないか。前回も立憲は道内小選挙区で9勝と健闘したが、比例票が思ったより伸びなかった」(政界関係者)

 焦点は残り2議席の行方だ。争うのは自民、国民民主、参政。国民は前回、約19万票を獲得。最後の比例のイスに滑り込んだ。序盤情勢調査では前回ほどの党勢拡大の勢いは感じられない。

 参政は昨年、道内の参院選比例区で、約27万票を獲得した。それを踏まえれば悠々1議席は確保できる得票だ。だが、自民に当時参政に入っていた保守票が戻っているともいわれる。その流れが加速すれば、逆に自民の4議席目が視野に入ってくる。

 この4党のほか、比例北海道ブロックには日本維新の会、共産党、チームみらい、日本保守党が候補を擁立しているが、議席獲得までの道のりは険しい。

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