【追悼】石川知裕夫人、石川香織衆院議員が結婚直後に本誌に寄せた独占手記を無料公開
衆院議員会館で撮影した結婚直後の石川夫妻(2011年10月)
9月6日、52歳の若さで死去した元衆院議員の石川知裕さん。同13日と14日に帯広市内で通夜と告別式が営まれた。現職国会議員、道議、市町村議員といった政界関係者、経済人、支援者、友人といった多くの関係者が参列した。終始、気丈に振る舞っていたのが妻で衆院議員の石川香織さんだった。香織さんは香典返しの挨拶文でこう綴っていた。
《共に紡いだ温かな思いでの数々を、私たちはこの先も忘れません。人を思い、国を思い、何事にも全力を尽くした日々を偲びながら心を込めて送ります。大変な人生でしたが、隣を歩むことができて私は本当に楽しかったです。最愛の夫へ感謝の言葉を送ります。「ありがとう」》
石川夫妻は2011年10月5日に結婚した。結婚の発表直後、東京で石川さんと衆院議員の松木謙公さんの対談取材を議員会館で予定していた。石川さんに「せっかくなので奥さんも一緒に連れてきてくださいよ」と頼むと、「わかったよ」と快諾してくれた。その場が香織さんにとっても初めてのメディア対応だった。香織さんに石川氏とのなれそめ、夫への思いを綴った手記を依頼。弊誌2011年11月号で対談とともに掲載した。以下、その手記を公開する。なお、発売中の弊誌10月号では4ページにわたり、石川さんの追悼記事を執筆している。あわせて、ご一読いただければ幸いです。謹んで哀悼の誠を捧げます。
◇ ◇
彼(石川知裕氏)とは今年の5月中旬、共通の知り合いが開いたホームパーティーで知り合いました。パーティーといっても、食事をしながらの勉強会のような形式で、年齢も幅広く、いろいろな業界の方々が参加していました。
私が出演していた報道番組「INsideOUT」(BS11)には、話題の政治家が出演し、討論を繰り広げるコーナーがあります。そんなつながりもあり、「国会議員が来るからどう?」と誘われました。
会場に着き、私が席に座っていると、彼が「どうも、どうも」と頭を下げながら遅れて入ってきました。「すごく腰が低い人」というのが第1印象です。彼が私の番組に出演していたという一部報道がありましたが、この日が初めての出会いです。
実は私はパーティーのどこかのタイミングで、彼に伝えたいことがあったんです。私の父も東京地検特捜部の事情聴取を受けたということです。それまで、自分から誰かに父の話をしたことは一度もありませんでした。特捜部の取り調べの厳しさ、その家族の気持ちも、彼とならわかり合えるかもしれない。この日、運命的に出会った彼にだけは、父のことを打ち明けたかったんです。
彼は食事会が始まってから、出席したみなさんに共通の話題をふりまくなど、周囲に大変気を遣っていました。私は彼の姿を見ているだけで、ほとんど会話する機会がありませんでした。
彼が帰るというので、私も「このまま何も話せず別れるのは…」と思い、続けて会場を後にしました。そしてエレベーターのドアが閉まる瞬間、「石川さん、私の父も特捜部の事情聴取を受けたことがあるんです」と告げました。彼が見せた「え~っ」と驚いた表情は、いまでも忘れられず、鮮明に覚えています。
エレベーターに一緒に乗り、「途中までタクシーで送ります」と言うので、同乗させていただきました。車内では特捜部の話などで盛り上がりましたね。ただ、彼が後部座席の窓側に寄って座ったので、私も端に座りました。2人の間に微妙な距離感が生まれ、正直、私に対する印象はあまりよくないのかなと感じました。
後日、彼に聞くと「そんなことはなかった」と否定していましたが…。
数日後、私は「送っていただきありがとうございました」と、お礼のメールを送りました。彼から「またよろしく、今度はご飯でも食べに行きましょう」と誘われました。何度か2人で食事などに行き、出会いから約1カ月後の6月下旬、「結婚を前提に付き合ってほしい」と告白されました。
1審判決を直前に控えた9月中旬、私は選挙区である十勝・帯広を訪れ、後援会役員のみなさんにご挨拶をさせていただきました。そのときに驚いたのは、彼が私の想像以上にみなさんから応援されていることです。「無罪を信じている」「石川がんばれ」と声をかけられている様子を見て、彼だけではなく私も勇気づけられました。それと同時に、私も彼の支えになり、できる限りのことをしてあげたいと強く思いました。
彼は9月26日に東京地裁から有罪判決を受けました。その翌日、「入籍しようか」と突然言われ、驚きました。でも、私はお付き合いを始めた直後から、結婚したいと思っていたので、「YES」という答えしか頭に浮かばず、「いいよ」と答えました。
彼は結婚を決めた理由として「陸山会事件の裁判で一番つらい時期に支えてくれた」と話していますが、私には何かしてあげたという記憶はありません。でも、そのように考えていたことを知ったときは、とてもうれしかったですね。
10月5日、帯広市役所に婚姻届を提出しました。10月からアナウンサー職は離れましたが、仕事は当面、続ける予定です。
一日でも早く、疑い、誤解をかけられない、ありのままの石川知裕をみなさまにもわかってもらえるように、彼を支えていきたい。今後とも、みなさんのご理解、ご支援のほど、よろしくお願いいたします。


