三木武夫 通産大臣【1965年8月号】

©財界さっぽろ

後に総理となる三木武夫氏(左)

札幌ばかり太っても、道民の幸せは増進されない

 1960年代、札幌の人口は増え続け、目覚ましい発展を遂げていた。70年、札幌の人口が100万人を突破した。
 その5年前、三木武夫が本誌のインタビューに応じていた。場所は自民党本部の幹事長室。
 佐藤内閣の改造人事真っただ中で、三木は幹事長から通産大臣への就任が決まっていた。
 取材で三木は「北海道が好き。大事にしなけりゃならん」と語った上で、札幌の異常な発展ぶりにこう苦言を呈していた。
「日本対東京、北海道対札幌、この人口比が大体10%と似ている。役割、機能も…札幌が東京みたいになってはいけない。重点主義の意味を取り違えてはいけない。100万都市を目指すのはいいが、函館を食い、小樽を食って札幌が太ってはいけない。札幌、小樽、旭川、釧路、北見…と歩調を揃えて肥えていかなくては意味がない。道民の幸せも増進されない」
 このインタビューでは、三木の歯に衣着せない発言が目立つ。それは北海道の財界人に向けても同様だった。
「北海道の人はどうも最近の言葉で言う〝ど根性〟が足りないのではないでしょうか。なんでも道庁や国がやるんだという感じが強くなっている。企業を開花させるためには、純粋に民間人の創意工夫と根性が必要だ。政府や道の援助が独立の精神を失わせることになっては大変だ。何でも本州から企業誘致しようとせずに、道内に資本を結集して。道民の手による大企業に育成ということも大事だと思う。先人が第1次産業で苦労したのだから、われわれは2次産業を開発するんだという気迫がほしい」(三木)
 インタビューから57年後を生きるわれわれにとって、三木の言葉が突き刺さるのではないか。

こちらもおすすめ