【無料公開】シーズン途中からは異例、楽天監督に就任、吉井理人が本誌に語っていた監督業(斉藤こずゑのファイターズじゃないと、26年2月号再掲)前千葉ロッテマリーンズ監督「金子誠、建山義紀をロッテに誘ったのは自身、参謀役に感謝」
東北楽天ゴールデンイーグルスの三木肇前監督が成績不振を理由に6月10日に休養した。その後、チームの新指揮官に就任するのが、昨シーズンまで千葉ロッテマリーンズの監督だった吉井理人氏だ。シーズン途中に、外部から新たな監督を招聘するのは異例のことだ。財界さっぽろでは、連載「斉藤こずゑのファイターズじゃないと」の26年2月号で、ロッテを退任したばかりの吉井氏に話を聞いていた。本項では当時の記事を無料公開する。監督業についての感想も語っていた。
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朗希の1年目村上の移籍
斉藤 : 今回は2025年シーズン限りで千葉ロッテマリーズンの監督を退任した吉井理人さんにオンラインインタビューを実施しました。25年は苦しいシーズンでした。
吉井 : こう言うとちょっと悔しいですけど、佐々木朗希の存在は大きかったですね。朗希の穴は埋まると思ったんですけれど。rn 彼はエースみたいに試合数をバンバン重ねていったわけじゃないんですけど、マウンドに上げるとしっかりゲームをつくってくれるピッチャーでした。連敗ストップにも貢献してくれていました。
斉藤 : いち野球ファンとしては佐々木投手が海を渡るのはまだ少し早いのかなと思っていましたけど、どう見ていました?
吉井 : メジャーで大活躍するのはまだ難しいと思っていましたけど、向こうに行くタイミングは若ければ若いほうがいいです。rn 自分は33歳だったかな。少し年を重ねてからだったので。rn せっかくマリーンズに入団してくれたので、もう少し貢献してから行ってほしいというのが、ファンや球団の本音かもしれません。でも個人的には朗希のことを考えると良かったと思っています。
斉藤 : メジャー1年目のシーズン序盤はうまくフィットができず、佐々木投手も大変そうでした。
吉井 : 想定内ではありました。体力面が完成されていないし、回復力もまだ高いわけではないので、メジャー1年目としては上々だったのではないでしょうか。
斉藤 : 村上宗隆選手もホワイトソックス移籍が決まりました。
吉井 : 今のホワイトソックスは少し低迷しています。先発ピッチャーは5人いますが、野手は手薄。出番が多く回ってきそうなので、優先的に起用してもらえるチームに入ったのは良かったと思います。
斉藤 : 大谷翔平選手はもう輝かしい活躍ですね。
吉井 : もう声をかけられないですよ(笑)
斉藤 : 吉井さんなら、そんなことないじゃないですか。
吉井 : でも本当にすごいですよね。
斉藤 : 大谷選手が参加を表明したWBCが3月に開催されます。
吉井 : 楽しみですね。ただ、ケガのダルビッシュ(有)が入れない。彼の経験値はピッチャー陣、チームはもちろんですけど、若い選手にとってはとくに頼りになる存在でした。お守りというか。その役割を誰が担うのか。
「自分で考えて自分で行動しよう」
斉藤 : 吉井さんの指導者歴も長くなりましたね。吉井さんは現役引退後、コーチングの勉強もされていました。ファイターズの頃は口うるさくないコーチというイメージでした。
吉井 : 選手が主役ですからね。自分も現役のとき、コーチにあれこれ言われるとモチベーションが下がることがありました。指導者になってからはそこを意識していました。選手たちにはいつも「自分で考えて自分で行動しよう」ということを伝えていました。rn また、監督を務めてみて、コーチの仕事とは全く違いましたね。スタッフを含めたチーム全員のモチベーションが下がらないように意識していました。rn 今のプロ野球界は、チームの指導者が変われば、練習のやり方なども変わります。そうなると残っている選手も、スタッフもしんどくなることが多いんですよ。rn ですから、誰が監督、コーチになっても、選手側に信念というか、基準のようなものがあると、モチベーションを持ち続けてやっていける。ですから、まわりからはサボっているようなコーチに見えたかもしれません。
斉藤 : 当然そんなことないですよ。
吉井 : 実際は指示を受けて行動するほうが選手たちは楽だと思うんですよ。自分で考えて行動するということは、行動に責任を持たなきゃいけないですから。その結果は自分たちが負わないといけない。まぁ、プロなんで当たり前なんですけどね。rn 指示待ちでは、社会ではなかなか貢献できない時代にあると思います。それもあって、自分が考えていたのは、野球界だけではなく、世間に出ても通用する人を、と思ってコーチングしてきました。
コーディネーターの仕事とは?
斉藤 : マリーンズのベンチを見ていたら、金子誠さん、建山義紀さん、そして吉井さんがいたので、ファイターズファンはマリーンズのベンチを見るのが楽しかったです。
吉井 : そうでしたか。今だからこそ言えますけど、監督になったとき、スタッフ、コーチ人事は球団主導で行うということを伝えられていました。自分自身では少し不安でした。当時、マックは新庄(剛志)監督のもとでコーチをしていましたけど、ファイターズの吉村浩さん(現・チーム統轄本部長)に相談して、マックに声(コーチ打診)をかけることができました。彼は北海道が大好きなので離れるのを迷っていましたけど、最終的にはマリーンズに来てくれました。根っからの野球人なので、千葉に来てからは、ファイターズのことは割り切ってやってくれていました。感謝しています。
斉藤 : 建山さんはどう見えていましたか?
吉井 : ピッチングコーチはずっと探していたんですよね。建山が指導者として優秀なのは相手チームにいてもわかりました。現役時代からも建山と話していて、いい指導者になると思っていました。それで、雑談ベースで新庄監督に「建山くれる?」と聞いたことがあったんです。そのとき、新庄監督は何も言わなかったんですけど、その後、吉村さんから連絡をもらい、結果として建山に来てもらうことになりました。彼はデータを見るのが大好きなんですよ。それが頭に入っていて試合中に的確なアドバイスができる。25年シーズンもいろいろなタイミングでデータを教えてくれたので、迷っているときに判断しやすかったです。あるピッチャーもこう言っていました。ピンチでマウンドに上がった時に、建山が「このバッターはこういう特徴だから」とわかりやすく説明してくれたから、スイッチが入って抑えることができました、と。
斉藤 : 建山さんは今シーズンからマリーンズでコーディネーターを務めます。どんな仕事なんですか?
吉井 : わかりやすく、選手を商品に例えると、商品の品質管理みたいな感じですかね。主に二軍を見ることになると思います。二軍は育成する選手、1軍へのリザーブ、調子を落としている選手、プロスペクト(期待)の選手など、いろいろなタイプがいます。そういう中で、その選手の足りない技術であったり、もしくはこの選手はもう上で使えますと、コーチや監督にアドバイスをするんです。
斉藤 : 昔からコーディネーターという役職はあったんですか?
吉井 : 日本で導入されるようになったのはここ数年ですかね。マリーンズが一番早かったかな。自分がピッチングコーチを外れたときに、一度、その役職に就いています。ただ、そのときはどんな役割をこなせばいいのか。試行錯誤をしていたので、ほとんどドジャースに行かせてもらって、修業をしていました。その後、マリーンズから監督のオファーをもらったんですけど、それがなかったら、実はホークスのコーディネーターに転職するつもりでした。今、日本球界ではベイスターズ、ホークスがコーディネーターをうまく活用しています。ファイターズにも二軍にいるはずです。元プロ野球選手ではないんですけど、自分の大学の先輩です。今シーズンからは金子千尋、佐藤友亮が新しくコーディネーターを務めますよね。
斉藤 : ファイターズの話も聞かせてください。どう見えていましたか?
吉井 : 25年シーズンは強かったですね。ファイターズでのコーチの最終年が18年だったと思います。エスコンフィールドHOKKAIDOの設計図を見せてもらったとき、吉村さんに「新球場は狭いんですね」と伝えると「対応するチームを構成します」と言っていました。その後、チーム編成を見ていたら長打力の若い選手を獲得していきました。彼らがきちんと成長して、活躍しているじゃないですか。育成の戦略がしっかりしていると改めて感じました。
斉藤 : 監督退任後、どのようなスタイルで生活されているんですか?
吉井 : 今はたまにこういう取材を受けて、あとはジム通いです。監督をやっていたときもそうでしたけど、だいたい毎日行っています。もう趣味なんです。
斉藤 : 今年の活動としては解説もされるんですか?
吉井 : そうですね。またHBCラジオでも話したいですね。
対談後記
吉井理人さんがラジオ解説をされていたころ、私たちは放送以外のお時間もたくさんいただき、お話を聞かせてもらった。
筑波大学でのコーチングの学び、書籍も出るたびにみんなで競って読んだ。さまざまな知識を集約して行われたダイエット、あの時はみるみる吉井さんの体が変わっていって驚いた。
そしてお馬の話、吉井さんは馬主で現在も地方競馬で活躍する馬を所有されている。年末まで放送されていた「ザ・ロイヤルファミリー」、大ヒットしたこのドラマを私はずっと、吉井さんを想いながら見ていた。今回その話を吉井さんにさせていただいたら「僕ももちろん見てましたよ」と微笑まれた。
ドラマは「日高の馬で勝ちたい」と馬主・牧場・調教師・騎手…携わるすべての人たちが一つの方向を向いていく。
「実は僕も浦河・日高の馬で勝ちたいってずっと思ってやっているので…」と大変共感されたそうだ。
私の名刺入れには一枚の馬券が入っている。かなり字が薄くなっているが「札幌4レース 単勝 9 フォーシーム」と書いてある。日付に関してはもう読み取れない、2016年だったと記憶している。
吉井さんのお馬だ、外れたけれど私はこの馬券をずっと大切にしている。あれから10年、フォーシームもいまはお母さん。
「6」のつく年はファイターズは日本一、期待しかない今季、吉井さんがどんな解説をされるのか待ち遠しくてたまらない。


