支持率回復傾向の秋元克広札幌市長、本誌が収めたユニークな姿を振り返る(無料公開)
2013年2月号掲載。連載「オフタイム」で映画鑑賞を楽しむ副市長時代の秋元克広氏(撮影協力/サッポロファクトリー)
「秋元(克広)さんは誠実で、本人のことを悪く言う人はいない。行政手腕について一言で言えば、堅実。市職員あがりということもあり、派手さはないが、有能な行政マンだ。東京五輪汚職のあおりを受け、逆風にさらされた冬季五輪招致があったものの、それを除けば、その数字はおおむね堅実に推移している。札幌の政財界関係者の多くも一定の評価をしている」(あるマスコミ関係者)
北海道新聞社が4月に世論調査を実施。札幌市の秋元市政への支持率は40%だった。昨年4月の調査より5ポイント上昇した。
秋元市政の支持率低下が目立つようになったのは、東京五輪閉幕後、本格的に五輪招致に〝取りかかろう〟とした2期目(2019年~23年)を折り返したごろから。このとき、北海道日本ハムファイターズの北広島への移転、札幌ドームの活用問題なども重なった。22年4月の調査以降、支持率は40%以下にとどまった。
少し気になるのは、不支持だ。15年の初当選時から、高くても20%台前半だった不支持は、22年4月以降、40%を超えた。25年4月は過去最高の50%を記録した。今回、不支持は7ポイント下がり43%だった。
それでも支持、不支持とも回復傾向にあり、冒頭のマスコミ関係者も語るように、札幌の政財界から悲観的な声は聞こえてこない。
秋元氏の行政手腕に対しては、堅実さを評価する声がある一方、物足りなさを指摘する声がある。
「それは、本格的に冬季五輪招致に取りかかろうとしたころ顕著になった。市民に十分な説明をせずに招致活動を進めたことや、一方で、札幌市だけの問題ではないが、撤退を決めるに際してもなかなか煮え切らず、政治的決断ができない」(メディア関係者)などと言われた。
24年には、〝影の札幌市長〟とも揶揄された、自民党参院議員・長谷川岳氏の市職員への威圧的言動が表面化。同年3、4月の定例記者会見で、秋元氏は市政のトップとして見解を述べた。当然、市役所内はその発言に固唾をのんでいた。
「部下はみな、秋元氏が市職員あがりということで、守ってくれるものだと思っていた。しかし、秋元氏が口にしたのは、長谷川氏に配慮したものだった。『強いリーダーシップを発揮してほしかった……』」と市役所内から不満が漏れたこともあった。
札幌市政をさかのぼると、市民が投票する選挙制度になって以降、6代目の原田與作氏から、板垣武四氏、桂信雄氏と、元助役(副市長)が市長に就いてきた。
その流れが一度、途絶えたのが、桂市政だった。桂氏は03年に退くまで、市長を3期務めた。桂氏の評は手堅い行政マン。権力志向ではなかったため、自身の後継も尻込みした。結局、桂氏は後継指名せずに引退。その後の市長選では前代未聞の大乱戦となった。7人が立候補し、1回では当選人に必要な法定投票数に誰一人届かず、異例の再選挙となった。
結果は革新系弁護士だった上田文雄氏が当選し、市役所は〝外〟からトップを迎え入れることになった。そのため、きちんと後継指名しなかった桂氏への批判もまきおこった。
一方、上田氏が札幌市役所初の革新市長となったことで、内部は混乱。札幌市は観光、芸術のまちとして発展したものの、公共事業などは進まなかった。
こうした背景もあり、上田氏は自身の後継を役所内から選んだ。それが当時副市長だった秋元氏だった。秋元氏は1979年、市役所に入庁。主に企画畑を歩き、南区長、市長政策室長などを経て、2012年に副市長となった。
秋元市政が誕生した15年の市長選では市職員、市職労は当然、秋元市政をがっちり支えた。それだけ市職員は秋元氏を信頼していた。何よりも人柄がよく、内部の混乱を避けたいという市職員の思いからすれば、秋元氏は理想のトップだった。
秋元氏と主要政党との関係に目を向けると、秋元市政は全方位外交を貫き、事実上のオール与党体制を築いている。15年の初陣では民主党(当時)が擁立したものの、19年の選挙では自民・公明も秋元氏支持に転じ、現在の構図となった。23年の市長選では、五輪招致反対を掲げた対立候補に一定の票が流れたものの、結果だけを見ると、危なげなく3選を果たした。
3期目の折り返しを迎える中で、敬老パス、パートナーシップ除排雪制度の見直しなど、懸案事項だった市政課題にメドをつけようとする姿勢から今期限りでの勇退説がささやかれるようになった。
そして市長選まで1年を切った。
秋元氏は出処進退を明らかにしていないが、本人周辺が騒がしい。
まずリベラル勢力からは、中道改革連合で元衆院議員の荒井優氏の出馬論が高まっている。4月、道新が先んじて「立候補を検討している」と報じた。
荒井氏にはかねてから出馬を期待する声があがっていた。野党代議士を経験した一方で、若手経済人らとの独自の人脈を持ち、保守層にも浸透している。自身も経営者だったことから顔が広く、道内の有力経営者からは「応援できる人材の一人だ」との声も少なくなかった。
しかしながら、「立憲系、連合が支える秋元さんが態度を表明してからでないと、当然、荒井さんは表立った動きができないだろう」(マスコミ関係者)との声は多い。
「上田さんの前任者だった桂さんが後継を出さなくて、市役所が混乱したことなどを踏まえ、秋元さんとしては、市政の大きな混乱は避けたいと考えているだろう。それがかなう人物が立候補する体制が整わなければ、本人の性格を考えると、4選出馬も消えてはいないのではないか」(市役所OB)との見方はある。
現に、市議会自民党のボス・三上洋右氏は秋元4選論者だ。
一方で、立憲の札連が弱体化していることもあって、自民は立憲よりも秋元氏と近しい関係にあるが、市議からは「物足りない」との声もくすぶっていた。
そして今年2月の総選挙。自民は高市旋風に乗り、これまでにないほど圧勝した。北海道では比例名簿掲載者を含む全15人が当選。札幌圏の小選挙区も全勝したことで、若手経済人を中心とした自民関係者の間で、〝主戦論〟を唱える声が強まっている。実際、市議や道議らの名前が聞こえてくるものの、決め手に欠ける。札幌市生まれの若手経営者も意欲を示す。また、5月15日発売号の本誌6月号では、ある中央官僚擁立の可能性について触れている。
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話題を支持率に戻す。直近、数字が低迷している理由は、多選批判もあるが、「秋元さんのイメージが地味というものもある。行政マンがゆえに、パフォーマンスが得意ではない。それに、道内自治体のトップとして、どうしても、常にまわりにどう見られているかを意識している鈴木直道知事と比較されがちだ」(マスコミ関係者)
それでも、秋元氏は時折、メディアを前にユニークな姿を披露することがある。本ページでは、本誌が収めてきたその姿を写真で紹介する(肩書きなどは掲載時のまま)。


