【無料公開・本誌2009年11月号増刊】中川昭一、死の真相を追う、政治に殺された親子①〝ローマもうろう会見〟の真実

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財界さっぽろ2009年11月号増刊『中川昭一、死の真相を追う、政治に殺された親子』の表紙

 農水大臣、経産大臣、自民党政調会長、財務・金融担当大臣などを歴任した中川昭一氏が2009年10月3日の午後11時ごろ(推定)死亡した。直接の死因は心筋梗塞とされる。中川氏の政治家人生は、まさに〝順風満帆〟〝トントン拍子〟だった。当選8回。議員在職26年。〝北海のヒグマ〟と呼ばれた父・一郎氏の自殺という非常事態を受け、興銀マンから急きょ政界に転身した。「父が果たせなかった総理の夢を」と期待する声もあった。ところが、イタリアで開かれた財務相・中央銀行総裁会議(G7)終了後のもうろう会見で世界中に醜態をさらし、政治家人生は一変。その後、再起を目指していたが、返らぬ人となった。本誌では09年11月1日、財界さっぽろ11月号増刊として「中川昭一、死の真相を追う、政治に殺された親子」を出版。今回、財さつJPでいくつかの掲載記事をUPする(肩書きなどは当時のまま)。

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「靴下を脱ぎだしたら、もう最悪」と一緒にいる自民党関係者も逃げ出すほど、中川昭一氏の酒癖は悪かったという。しかし、中川氏の人生が暗転するきっかけとなったG7のもうろう関係では、泥酔するほど空けを飲んではいなかったようだ。

酒を飲んでは数多くの失敗

 うつろな目、ろれつの回らない口調で、「あの~、ふぅ…」「どこだ?」「共同宣言みたいなものが出ました」――

 イタリアのローマで開かれた財務相・中央銀行総裁会議(G7)終了後の記者会見(現地時間2月14日)で、財務・金融担当大臣だった中川昭一氏は醜態を世界中にさらした。

 テレビ、週刊誌をはじめとするマスコミは、「べろんべろん」の状態で『100年に1度の不況』への対応策を語るその姿は、新橋ガード下でくだを巻く○○さんそっくりだ」(週刊文春)とこき下ろした。

 中川氏は帰国後、2月16日の衆院財務金融委員会で「(たくさん)飲んだのを『ゴックン』だといえば、『ゴックン』はしていない」と深酒を否定。当時の河村建夫官房長官も「風邪薬と睡眠薬の併用が原因」「泥酔状態で失敗したわけではない」とかばった。

 だが、中川氏がそれ以前に酒にまつわる問題をたびたび引き起こしていたことは事実だ。

 自民党関係者ですら、こんなことを言っていた。

「政調会長時代が職員にとっては大迷惑でした。党本部の中で飲み出しちゃうことがあって、しかも、酔うと長っ尻でなかなか帰らない。靴下を脱ぎだしたら、目が座ってきて、もう最悪です」

 地元・十勝でも醜態と思われる姿が何度も目撃されている。中川後援会の幹部は「昭一さんはとにかくワインと日本酒が大好き。決して酒が強い方ではないのに、とにかく量を多く飲む。その点は父親の一郎さんと似ているが、悪酔いしてしまう。酔っぱらったら、人の言うことを聞かなくなるんだ。前回の総裁選後、後援会首脳から禁酒令が出ていた。宴席の場でほとんど飲むことはなかったが…」と困惑していた。

 05年7月3日、本別町で開かれた後援会主催のパーティーでは、支持者約2000人を前にあいさつに立ったが、完全にろれつが回らず、数分で終了した。会場にやってきたときも、ふらふら歩いていたので、誰しもが「酒が入っている」と感じた。パーティー後、有塚利宣連合後援会会長や出席した首長に「もう酒は飲むな」と一喝された。

 昨年11月29日、「帯広・広尾自動車道」幸福IC―中札内ICの開通式後の祝賀会では、会場が小学校の体育館であるのに、こんなことをやってひんしゅくを買った。

「この日の中川さんはいつになくご機嫌だった。帯広はちょうど12月に『水のサミット』(G8水と衛生に関する専門家会合)の会合を控えていた。中川さんは砂川帯広市長に『砂川~、水のサミットをちゃんと成功させろよ~』と酔っぱらったようなべらんめえ口調で話しかけていた。しかも、禁煙のはずの学校でタバコをスパスパやり、乾杯用の牛乳の入った紙コップに吸い殻をジュッと入れていた」(出席者)

 また、春に昭一氏の地元で開かれた自民党道連の移動政調会でも、酒に酔っているのではないかと疑われる言動があったという。

 そのため、8月9日に帯広市で行われた中川後援会総決起集会でついに「日本のため、みなさんのために酒を断つ」と断酒宣言をするに至った。

〝ゴックン〟はせず口を付けただけ…

 だが、ローマのもうろう会見のときには、泥酔するほど酒を飲んだ形跡がないのではある。

 中川氏に同行していた玉木林太郎財務省国際局長(当時)は2月19日の衆院予算委員会で、「中川氏は会見前に財務省職員や読売新聞の女性記者らと昼食を取り、自らワインを頼んだが、)口を付けた程度の飲み方しかしていない」と述べ、いわゆる「ゴックン」を否定した。

 マスコミ関係者によると、読売記者も「自分が見た範囲では、食事中、飲んでいなかった」と語っていたという。

 親しい後援者の1人はもうろう会見を見て、「最近、薬の種類が増えた。もともと腸が弱いので整腸剤を服用していたが、ビタミン剤などの栄養剤、精神安定剤も飲んでいた。移動中の車内で、まとめて口に入れる。昭一さんは水を使わなくても錠剤を飲める人。それこそ〝ゴックン〟だよ」と話していた。

 昭一氏と同世代の元不良少年からは「高校時代にはやっていた、ハイミナール(鎮痛剤の一種)をかみ砕いてラリッている姿を思い出した。症状がそっくりだ」という声も出ている。事実、「昭一氏はもともと腰痛持ちで、鎮痛剤を大量に服用していた」という情報がある。

 こうした話を総合して考えると、もうろう会見は泥酔状態で行われたのではなく、薬の副作用という見方が妥当のようだ。しかし、普段の酒癖の悪さがあまりにも有名だったために、大バッシングを受ける羽目に陥った。

 だが、それも「身から出たさび」と言ったら、非情な見方だろうか。

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イタリアで開かれたG7終了後の記者会見。中川昭一氏の〝もうろう会見〟(現地時間2009年2月19日)

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