【インタビュー】堅展実業社長 樋田 恵一
「厚岸ウイスキー」を世界に誇るブランドへ
「厚岸ウイスキー」は国内、世界が注目するブランドへと変化を遂げつつある。堅展実業(本社、東京都千代田区)が2016年10月に厚岸蒸溜所を開設して8年。樋田恵一社長にウイスキーメーカーとしての厚岸町との関わりや、今後の展開を聞いた。
憧れのアイラ島の環境を探し厚岸町へ
――ウイスキーづくりに至った経緯は。
樋田 : これまで食品原材料の商社として、海外から輸入した商品を国内メーカーに納めてきました。その仕事も50年近くがたち、次の柱を考えたいと思ったときの1つがウイスキー事業でした。
はじめは製造ではなく、流通に興味を持ちました。2000年前後は世界的にウイスキーブームが起こりつつありましたが、日本ではウイスキー需要が低迷していて、大手ウイスキー会社や昔ながらの酒屋も在庫を持て余しているような状況でした。そこでウイスキーの輸出ができないかと模索し、事業への参入を決めました。
そして、08年ごろ国内でサントリーのウイスキーブームが始まり、今度は原酒がなくなっていきました。何か自分たちでできないかと考えたのが製造に取り組むきっかけです。
――ウイスキーづくりの知識はあったのですか。
樋田 : ウイスキーは好きでしたが、製造は全くの初心者です。「ベンチャーウイスキー」(本社・埼玉県秩父市)の肥土伊知郎さんに教えを乞うて、一から蒸溜所を作るにはどうしたらよいかという相談をしました。まずは目指していた小ロットでの製造方法を伺いました。
――蒸溜所のこだわりを教えてください。
樋田 : 厚岸蒸溜所の設計は、世界的蒸溜器メーカーの「フォーサイス社」(本社・スコットランド)に全て依頼しました。蒸溜器も特注でつくり、設置までスコットランドの職人が行ってくれました。
――なぜスコットランドの会社を選ばれたのですか。
樋田 : 世界5大ウイスキーの1つでもあるジャパニーズウイスキーは、スコットランドのスコッチウイスキーの伝統製法をもとに作られました。サントリーやニッカも例外ではありません。私たちもサントリーやニッカが行ってきたようにスコットランドの伝統を重んじるのが日本の伝統だと思っています。
――厚岸町に蒸溜所を作った経緯は。
樋田 : 創業者である父がもともと北海道で植林活動をしていた縁もあり、子どもの頃から北海道に来る機会がありました。そのとき、子どもながらに北海道の良さを感じており、大人になったときに北海道の地で何かできないかと考えていました。
私はスコットランドのアイラ島のウイスキーが好きなのですが、厚岸町の環境は憧れのアイラ島以上に寒暖差が大きい。冬は氷点下20度を下回り、夏は30度を上回る。ウイスキーは樽の中で原酒が膨張と収縮を繰り返すことで呼吸をしているので、周りの環境に影響されやすい。寒暖差が大きければ大きいほど熟成スピードが速くなりますが、その点、厚岸町はスコットランドよりも熟成が早く、ウイスキーづくりには好環境と言えます。
また、海霧がかかるせいか、潮の香りを持ってくる。厚岸ウイスキーは飲むと塩っぽいのですが、このような環境の影響は受けていると思います。
――厚岸ウイスキーは香りも特徴的ですね。
樋田 : 私たちの仮説ですが、ウイスキー特有のスモーキーな香りが時間がたつと柑橘系に変わってきます。スコッチウイスキーも時間がたつと同様の香りが出てきますが、厚岸蒸溜所は3年くらいで出てきているのではと感じています。
こだわりの「二十四節気シリーズ」が好評
――最近では「二十四節気シリーズ」が好評ですが、どのように企画されたのですか。
樋田 : お客様が期待するのは厚岸10年、20年ものだと思いますが、私たちは創業したばかりで原酒がなくそれが難しい。10年、20年ものを作るにはかなり大量の原酒を持ち、味の一貫性を保っていかなくてはいけません。弊社が実現できるのは10年先、20年先になるでしょうか。
それより前にお客様にプレミアムウイスキーを提供したいと企画したのが「二十四節気シリーズ」です。二十四節気とは、1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けたものです。単発的な販売ではなく、商品ごとに関連性を持たせる意味も含めてこのネーミングにしました。20年10月に第一弾リリース後、3カ月おきに発売しており、今年8月に発売したもので12本目になります。
――ラベルも独特のデザインですね。
樋田 : ウイスキーは中身も大事ですが、見た目も大事。お客様にはトータルで楽しんでほしいという思いがあります。第一印象を決めるラベルは、最終的に24枚のラベルを並べたときに統一感が出るような工夫をしています。私自身も24本全てが出来上がった姿を見るのを楽しみにしています。
また、ビンは実は私が設計した形なんです。アイラ島のウイスキーにリスペクトを込めた形になっています。手に持ったときに重厚感を出したかったので、重量も普通のボトルよりも100㌘程度重くなっています。コルクにもすごくこだわりました。私は一愛好家からスタートしているので、20、30年前の古いボトルを飲むことがありますが、コルクが劣化しボトルの中で折れることがある。それがないように密閉性をしっかりした丈夫なコルクを作りました。
「二十四節気シリーズ」の販売当初は、最低熟成年数の3年ものの原酒しかない状態でしたが、最近は5、6年ものの原酒もあります。同じ「二十四節気シリーズ」ですが、味の深みや幅が違います。3カ月ごとの成長度合いを追いかけてくださるお客様のためにもよりよい商品づくりをしていきたいですね。
――厚岸ウイスキーの購入者層は。
樋田 : やはり私と同年代の方も多いですが、若い方も多いです。ここ数年、若い世代のアルコール離れが顕著に現れてきたと思っていましたが、今年7月「北海道 WHISKY FES 2023」というイベントで実際に見ていると、20、30代でもウイスキーが好きな人は多く驚きました。実際に若い世代からの声を聞けてうれしかったですね。今後もウイスキー業界が続いていき、さらに発展するためにも若い世代に飲んでもらうことが重要です。
トップクラスのウイスキーメーカーへ
――地域貢献にも力を入れています。
樋田 : 主に2つあり、1つ目が観光客誘致への取り組みです。21年に地元の飲食店でしか飲めない厚岸ウイスキー「牡蠣の子守唄」を完成させました。厚岸ウイスキーに興味を持ってもらうことが厚岸町を知る1つのきっかけになればと考えています。
2つ目がふるさと納税です。厚岸町のカキやアイスなどの特産品と厚岸ウイスキーがセットになった商品を提供しています。これは私が想像していた以上に伸びています。
――今後の展開については。
樋田 : 厚岸蒸溜所の生産能力は創業当初から変わっていません。土地が限られているのと、無理に生産量を増やすと品質が劣化するリスクがあると懸念しています。試験段階ではありますが、富良野市に熟成庫を設けました。今後富良野市に新工場建設も視野に入れています。
蒸溜所が稼働してから最初の10年が1つの区切りだと思ってやってきました。この10年間でなにができたかというのを考えたときに、まずウイスキーが作れるようになったこと、自分たちが思っている以上のクオリティーのものを作ることができるようになったことは誇りです。
ウイスキーづくりには原酒のストックが重要。まだ満足いく量ではありませんが、ある程度ストックできたと思っています。これで1つの基盤ができました。次の10年に向けては、品質で日本の蒸溜所のトップクラスになりたい。毎年品質改良に研さんを積んできましたが、まだまだやることはあります。世界でも認められるトップクラスのウイスキーメーカーを目指します。