後藤 知佳子【道庁経済部観光局 アドベンチャートラベル担当局長 】

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道民の日常が持続的な観光資源になる!

今年9月、アドベンチャートラベル・ワールドサミットが開催される。北海道をPRできるまたとないチャンスだ。どのような戦略を持っているのか。道庁の担当部局トップである後藤知佳子氏に聞いた。

ATでは「心の冒険」の提供が大切

――アドベンチャートラベル(以下、AT)という旅行形態が注目されています。

後藤 : 昨年9月に現職に就く前、観光地をつくる仕事に関わってきました。新型コロナウイルスを経験して、観光のニーズが変わってきました。
観光業界の皆様が考え始めているのは、量ではなく質を大切にしていきましょうと。団体旅行の入り込み客数を追い続けるのではなく、旅行者の消費単価を上げていくことに力を入れていきたいということです。
そうした考えの延長上でATという旅行形態が注目されています。ターゲットはFITと呼ばれる海外の個人旅行者です。

――ATはアジアよりも北米、欧州で市場が拡大しているそうですね。

後藤 : ATの市場規模はこれらの地域の富裕層を中心に、70兆円を超え、AT旅行者の観光消費額は、一般旅行者の約2倍と言われています。

――ATと聞いたら、どうしても自然を体感するようなイメージが強いです。

後藤 : アウトドア活動だけでは、必ずしもATとは言えません。ATとはアクティビティ、自然、異文化体験の3要素のうち、2つ以上を含む旅行形態とされますが、大切になるのが自分たちの日常を旅行パッケージにし、「心の冒険」を提供することです。
ATには新しい施設をつくりましょうとか、ハード面で何かを開発するなど、特別なことは必要ありません。
地元にあるものをAT旅行者とシェアするような旅行を目指します。その地域ならではの体験を通じて、これってこういうストーリーがあるんですよ、と伝えています。
たとえば、道職員は転勤が多いですよね。私が旭川勤務で最初に感動したのは、お米がとてもおいしいことです。そして週末に旭岳に行き、水のおいしさに再び感動しました。
山々から生まれる新鮮な水があるから高品質なお米ができ、地元でお酒をつくることができます。
地元の人は当たり前かもしれませんが、びっくりするようなアドベンチャー体験になります。いま地域にあるものを冒険にする。いわば、負荷を与えない旅行です。そういう意味で、ATはサスティナブルといえます。地域で持続的に取り組んでいくことが、そんなに大変ではありません。
カヌーは世界中のいろいろな場所でできますよね。確かにカヌーを楽しみ、体を動かせば、精神が研ぎ澄まされる部分がありますが、それだけではATにはなりません。そこに「なぜ、この場所でカヌーなのか」というストーリーを提供します。
私たちも海外に行けば、日本食を食べたいわけではなく、その土地の家庭料理をその土地の人から話を聞いて食べてみたいですよね。日常生活を通じてどんな文化があるのかを知りたいわけです。ATではそうした探究心の強い方々が日本にやってきます。贅沢な宿ではなく、その地にある価値のある宿に泊まり、地元の食を楽しみたい。意味のあることにお金をかけたいと考える方々です。
能動的に参加して、何かが変わっていく。冒険して、自分の心に何かが残っていくような感覚を大切にしています。
あわせてATのお客様は富裕層と言われますが、用立てて立派な車で送迎する必要はありません。なぜかといえば、環境の負荷をわざわざ与えてほしくないという思いが強いためです。
その地の公共交通機関を使いたいのです。
ちゃんと案内標識などを設置したり、困った時に教えてもらえる環境が整っていれば、それで大丈夫です。時に不便と思われることも、逆に楽しんでいただけるお客様たちです。

――地域の魅力を伝える人たちの存在が重要になります。

後藤 : ATにはアクティビティとセットでストーリーテラーが必要です。地形からくる特質、歴史や文化を、相手の関心に合わせ丁寧に説明すれば、「そういう背景があるんだ」と感動すると思います。そうした意味で、地域の有能なガイドさんが大きな役割を果たします。
道としても関係各位と協力しながら、ガイドさんの認定制度を整備し、育成にしっかり取り組みたいと思っています。将来的に、楽しく案内しているガイドさんを若い人たちがみて、「ああいう仕事に就きたい」と感じてもらえたらうれしいですね。
また、ATは決まったパッケージを「はい、売ります」というものではありません。一人ひとりの好みを熟知した上で、こういうツアーがいいのではないかなとカスタマイズされた旅行商品になります。そのため、値段も高くなりますが、より満足感を得られるわけです。
道内にはまだ地元の方々が発見できていない文化、魅力が眠っています。プロの旅行会社やガイドさんがキャッチして、案内してあげることも大切になります。

北海道がATの先進地になる大チャンス

――そうした中、9月11日から14日まで、札幌でアドベンチャートラベル・ワールドサミット(以下、ATWS)が開催されます。

後藤 : ATWSは、ATの国際的な団体の「ATTA」が主催しています。ATに関連するイベントとしては世界最大です。約60カ国からバイヤーやメディアの方々を中心に約800人が訪れる予定です。
旅、ネイチャー系の道を究めた有名なメディアも参加します。一般的ではないニッチなバイヤーも参加しますので、多様なニーズに応えていかなければならないと感じています。

――どのようなスケジュールなのでしょうか。

後藤 : ATWSの開催期間は4日間ですが、その前に道外を含めて22のコースに分かれて、「プレサミットアドベンチャー」を実施します。
終了後、札幌にお越しいただき、ATWSの初日に、モデルツアーとして札幌発着の日帰り旅に全員参加します。30を超えるツアーが用意されています。2日目から基調講演や商談会などが行われます。
また、ATWSが終わった後、上川、宗谷、十勝、釧路の4地域で「ポストサミットアドベンチャー」を独自に実施します。

――アジアでは初めての開催になりますね。

後藤 : 大変ありがたいことです。北海道がアジアでATの先進地となる大きなチャンスです。
これから先、欧州、北米だけではなく、アジア圏もFITにむかっていると聞いています。
もともと、北海道は自然と文化のセットでいくらでもATの素材があります。道として欧州へのプロモーションに取り組む中でも、日本ブームがあり、こちらを向いていると感じていました。日本的なものに関心が高い方々が多いです。さらに、北海道にはアイヌ文化や縄文文化があり、優秀なガイドさんもいます。北海道はアジアの中でもATの最適地になると期待しています。
あくまで、ATWSの開催はスタート地点です。新しい発見も出てくると思いますし、これからが腕の見せ所です。商談会などを通じて、さまざまな意見を刈り取って、ATのマーケティングをしていけば、北海道がATの先進地になれると確信しています。
今回のATWSでは、カヌー、サイクリング、トレッキング等も用意されています。9月という時期も、季節として最高のタイミングです。天候を心配する声もありますが、ATWSの参加者の多くは、そうした自然現象も思い出にして、楽しみに変えてしまうでしょう。

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(ごとう・ちかこ)オホーツク管内置戸町生まれ。道庁入庁後、国際畑を歩み、道開発局、HACへの出向経験もある。昨年9月から現職。

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