渋谷正信 渋谷潜水工業社長

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洋上風力でエネルギーと漁業の一石二鳥を実現

 道内沿岸で洋上風力の計画がめじろ押しだが、海の環境、漁業との調和は欠くことのできないポイントだ。本道と同じく漁業が盛んな長崎県に、洋上風力との共存共栄で成果を上げている団体がある。設立者のベテラン潜水士に話を聞いた。

増毛町などで藻場の再生事業を実施

――海に潜って何年に。

渋谷 : 今年で48年に。釧路管内の白糠町生まれで、昨年は町と漁業組合から漁場可視化調査の依頼を受け、故郷の海に何回も潜りました。

――漁場調査で潜るパターンが多いのですか。

渋谷 : 漁場や藻場の調査もありますが、最近、多いのは洋上風力関連の水中調査です。

――昨年末に事業者が決定した秋田沖も。

渋谷 : ええ、洋上風力業界で第1ラウンドと呼ばれる海域のほとんどにかかわっています。

――理事を務めている海洋エネルギー漁業共生センター(長崎県五島市)には、視察がたくさんきているそうですね。

渋谷 : コロナ禍で減りましたが、毎年、40~50団体が視察に来ています。先日は石狩市のみなさんが来られてましたよ。
 コロナ前はイギリス、オランダ、ドイツ、台湾など、いろいろな国から来ていました。ヨーロッパは洋上風力の先進地ですが、私たちの事業モデルは洋上風力と同時に水産振興、地域振興を推進するというもので、世界的に例がないようです。

――著書「地域や漁業と共存共栄する洋上風力発電づくり」では磯焼けの問題も指摘されています。海の環境に関心を持つきっかけは。

渋谷 : ある時期までプロダイバーとして工事にかかわり、海を開発することに生きがいを感じていました。
 会社を立ち上げてから10年余りたった頃、仕事で大きなトラブルに巻き込まれ、自分の人生を見直す機会がありました。自分一人の力で生きてきたと思っていましたが、 北海道で私を生み育ててくれた父や母のおかげで今、ここにいられること、海のおかげで潜水の仕事ができ、家族を養うことができていることに気がつき、父と母、そして海への感謝の気持ちが出てきました。同時に、 海の環境にも目が行くようになりました。

――いつ頃ですか。

渋谷 : 昭和の終わりから平成の始まりにかけてだったかな。そこからです、仕事を見つめ直したのは。海の中がどうなっているのかを工事の仕事をしながら観察し始め、藻場の再生にも取り組み始めました。道内でも、早くから磯焼けや藻場再生に取り組みました。最初は増毛町でした。

――増毛町の仕事は単独ですか。

渋谷 : 東京大学の研究者らと一緒に藻場の調査・再生の仕事をしました。道内の日本海側では寿都や利尻、函館などに磯焼けの研究で足を運びました。
 そうした活動をする内に海洋構造物への見方も変わっていきました。海洋構造物は環境を壊しているとばかり思っていましたが、よくよく観察すると、構造物に魚が集まっている。設置の仕方や形状を工夫すれば魚礁(魚などが集まった漁場)になる可能性があることがわかってきたのです。

――そこから洋上風力に関心を抱くようになり、先進地のヨーロッパに行くように。

渋谷 : そうです、ヨーロッパに何度も出かけ、洋上風力関連の展示会に参加して情報を集めていきました。ところが風車の下の海の状況を尋ねても、当時は誰も調べておらず、なぜそんな質問するの、とけげんな顔をされました。
 どうしても洋上風力の現場を見たくて、展示会場で知り合った発電事業者や建設会社などをしらみつぶしに訪ねていきました。おたくの洋上風力の下を潜らせてくれ、って。

――すごい行動力です。

渋谷 : 今ではヨーロッパの洋上風力業界で「渋谷潜水工業」は少し名が売れているようです。
 訪ね歩く中でオランダの潜水会社と仲良くなり、海中調査をする時は一緒に、とお願いをしました。
 しばらく経った後メールが来て「オランダのイマーレス研究所が洋上風力の下の海の調査をした」との連絡でした。すぐに、イマーレス研究所を訪ねました。

――1人で訪ねたのですか。

渋谷 : ええ、調査チームの博士から話を聞かせてもらい、最後は膨大な研究資料をもらいました。政府関係でもない、大会社でもない一介の潜水士にです。海の環境を良くしたい、洋上風力と漁業の共生に取り組むんだという思いが伝わったんだと思います。

――海洋エネルギー漁業共生センター設立のきっかけは。

渋谷 : 最初は海女さんと一緒に長崎で、藻場の再生に取り組んでいました。手弁当でやっていたら地元の漁業組合が県にかけあってくれ、予算がつきました。その事業の説明のために県庁にうかがった時、県の幹部が「実は、海洋再生可能エネルギーの実証地に長崎も手を上げたい」と。
 洋上風力の先進地・ヨーロッパに何度も行って、たくさんの情報を持っていましたから、全面的に協力をしました。その後、県や五島市の要望もあり、共生センターを県と一緒に立ち上げました。五島では漁業との共存共栄の実証に取り組み、成果を上げています。世界でも初の試みになっています。

海の個性を見極め、風力設備を魚礁に

――実際に洋上風力設備が魚礁になり得るという結果が出ているわけですね。

渋谷 : はい、そうです。大切なのは、その成果の見える化と情報発信です。各種のシンポジウム、高校や大学での発表などを繰り返し行いました。
 最初は漁師さんの多くは漁場がなくなったら困る、という雰囲気でした。ところが成果が出てくると、みんな目を丸くして……。次第に反対の声が小さくなっていきました。洋上風力との共存共栄ができる。そういう認識が広がっていったのです。

――北海道は洋上風力のポテンシャルが高く、漁業も盛ん。一石二鳥になり得る。

渋谷 : そうですよ、風資源は北海道が1番いいし、洋上風力でさらに漁業振興ができるはずです。北海道の風で日本の電力需要に貢献し、同時に北海道の海で食料自給率にさらに貢献する。そのチャンスを今、北海道は手にしようとしているんです。

――共存共栄にはどんな工夫が必要ですか。

渋谷 : 海には個性があります。場合によっては岬を隔てるだけで海の環境・漁業資源の状況は変わります。ですから洋上風力の事業化の前に必ず、その海域の実態を調査し、海の個性を把握する必要があります。その上で漁業との共栄を図るため、風車の設置の仕方や水中の構造物のデザインなどを決めていく。海が喜んでくれるように。

――漁業者の理解を得ていくには。

渋谷 : 海で生計を立てているる漁業者さんは、漁場に風車を建てられたら大丈夫か、と思っています。だからこそ、海の情報を見える化して伝えていかないと、と思います。
 昔、藻場の調査で浜に行くと、お前なんかにうちの海がわかるか、と言われました。調査の説明を始めると、最初は漁師さんはがっちりと腕を組み、足も組んで話を聞いています。でも実際に海に潜って何がどうなっているかの話をしていくうちに、次第に腕組みが解かれ、足も……。漁師さんたちもわかるんですね、本気で海のことを考え、取り組んでいることが。そうやって一歩ずつ藻場の調査や再生を進めてきました。
 北海道の漁業も温暖化で衰退傾向にあります。そのような漁業の実態と漁業者の気持ちをくみとった洋上風力ができれば、共存共栄の道が開けるでしょう。発電事業者さんは腰を据えて漁業者さんと一緒になって取り組んでほしいと思います。

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しぶや・まさのぶ
1949年、白糠町生まれ。渋谷潜水工業社長。東京湾アクアラインなど、数多くの水中工事に従事した。2015年に海洋エネルギー漁業共生センターを設立。海の環境を回復させる運動にも取り組む。

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