【無料公開】“道警を震撼させた男”稲葉圭昭・原田宏二が警察腐敗を抉る【後編】

ききては当誌編集長・鈴木正紀(当時)
本誌財界さっぽろ2014年2月号よび3月号で掲載した、元北海道警察銃器対策課警部の稲葉圭昭氏と元同釧路方面本部長の原田宏二氏による対談の後編について、以下、全文無料公開する。前編はこちら。
全員に行き渡っていた異動時の餞別
――原田さんは自著『警察崩壊』の中で、日本の警察が抱える腐敗を、裏金、冤罪、警察官の犯罪と、3つ指摘していました。
原田 : 警察に裏金が存在するという話は古くからありました。私が調べた範囲では、1960年に島根県警で共産党に裏金のデータが渡って大騒ぎになった。戦後はそれが最初で、しばらくは警備・公安警察の裏金が暴露されていきます。84年には、松橋忠光という北海道出身の警察キャリア官僚が『わが罪はつねにわが前にあり』という本を書いた。そこで二重帳簿方式による裏金づくりが全都道府県警察でおこなわれていたことを明らかにした。
――裏金のシステムは、いつ、誰がつくり出したものなんでしょうね。
原田 : 流れとしては特別高等警察、いわゆる特高警察の流れだという人もいる。
稲葉 : 特高って戦前、主要な府県の警察に設置された秘密警察のことですよね。
原田 : そこには莫大な機密費があった。特高警察はいまの公安警察の前身。だから最初に公安の裏金が出てきたのではないか。
――かなり昔からあった。
原田 : そう思う。その後、刑事や生活安全など他の部署にも裏金は波及していくんだけど、やっていることは同じこと。
――結局、裏金は上司の遊ぶ金になっている。
原田 : 全員に行き渡っていた裏金は異動の時の餞別。もちろん、役職によって金額は違う。たとえば、巡査は5000円、警部補は1万円、警部は2万円とか。
稲葉 : いまはどうかな。
原田 : やっていないと思う。96年か97年頃、上から餞別をやめろという話がきているようだから。
――往時はすごかった。
原田 : 異動の時期の庁舎内は大変。行くところ行くところで餞別をもらう。しかも階級が上がれば上がるほど金額も高い。私が道警本部の部長職のとき、本部長からもらった餞別は3万円くらいだったかな。公安委員長からも出たからね。警察は年に2回異動がある。異動者の数はだいたい一定しているから、金庫番は毎月つくる裏金の中から、餞別分の金額をストックしていた。ある意味、餞別には口封じみたいなところがあった。その他に幹部にはヤミ手当を出しているわけだからね。
――幹部はどのへんから。
原田 : 基本的に巡査部長以上は幹部。私が巡査部長になったのは1963年くらいだから、ざっと50年前。当時で500円くらいだったと思う。1回ホルモン屋に行って、たらふく焼酎を飲めるくらいの額。
――月に1回ですか。
原田 : そう。役職とともにヤミ手当の額もだんだん上がっていくわけ。札幌中央署の係長のときは5000円くらいだったかな。
――署長になると。
原田 : よく覚えていないが、旭川中央署長のときで5万円だったと思う。
――餞別は何十万円。
原田 : 何十万円できかない。人によっては青天井。管内には取引業者がたくさんある。そういうところを異動の挨拶と称して回れば、いくらでも餞別は集められる。私はそういう外回りは一切しなかった。新聞社にも行かなかった。
――新聞社も餞別を。
原田 : くれますよ。新聞記者が転勤するとき、われわれは裏金から餞別を渡していたんだから。
――稲葉さんも餞別はもらっていましたか。
稲葉 : 所属長からはもらっていましたよ。いくらだったか覚えてないけど。
――巡査部長以上のヤミ手当は。
稲葉 : もらった覚えがない。そんな変な金というのは餅代くらいでしょ。年末に餅代と称して、警部補はいくら、巡査部長はいくら、巡査はいくらと出ていた。
――ニセ領収書は。
稲葉 : すごい量、書きましたよ。機動捜査隊に来てすぐやらされた。会計の人が名前と金額を書いたメモ用紙を持ってくる。それを領収書に写していく。
原田 : 警視庁あたりは領収書が2枚になっていて、左側に会計が書いた名前と金額があって、その右側に書くシステム。
稲葉 : それが当たり前だった。冗談で「なんでこんなことやらなきゃならないのよ」と言っているやつもいたけど。中にはいるんです。餅代をもらったときに「こんな金、受け取れない」と副隊長に突き返したやつとか。そうしたら村八分みたいになって。あいつおかしいって。赤の手先かって。俺も、おかしなことを言う人だなあって思ったよね。

警察学校は洗脳のための機関
――稲葉さんは柔道の特別枠で道警に入ったので別でしょうが、一般に入ってくる人というのは警察に対して何らかの理想を持っているのでは。
稲葉 : どうかな。同期でそんなやつはあまりいなかったと記憶しているけど。1つの就職先としか考えていなかったのではないかな。
――原田さんの動機は。
原田 : 何となく就職したという感じかな。私は1957年の採用。当時はすごく不景気だった。不景気なときは公務員の倍率が高くなる。道警も三十数倍だった。自分の努力である程度上にあがれる職場なのかなと思って入った。
――まずは警察学校にいくでしょう。そこで「警察は正義の集団だ」みたいなことを教えられないのか。
原田 : 正義論はないね。
稲葉 : 俺の場合、ほとんど寝ていたから(笑)。記憶にあるのは「共産党は悪い」。悪い悪い悪いばっかり。そんなに悪いのなら何で捕まえないのよって。いま考えると、捕まえることができない集団で、予算を引っ張るための相手ということだったんでしょう。
原田 : 当時は高卒で1年、大卒で半年、警察学校に入れられた。警察官としての型にはめる洗脳のための機関というのかな。朝起きてから夜寝るまで、毎日のスケジュールがビタッと決まっている。それに従って行動する。しかも、1部屋6人とか10人とか、グループ単位で生活させる。団体生活、団体行動をしっかり身につけさせるように。バカみたいな話だけど、整列で手が出すぎているとか、拳銃を一斉に取り出していないとか、笛の吹き方が悪いとかね。
稲葉 : それに縄。捕縄といって犯人を縛るもの。
原田 : その縄の投げ方が悪いとか(笑)。江戸時代の十手・取り縄訓練みたいなことまでやらせていたわけ。ほとんど意味がない。そういうものも枠にはめるための手段に使われていたんだと思う。でも、そこに何カ月もいると、そういうことにも慣れて、組織の一員として組み込まれる。それが主で、正義論なんてあるわけもなく、私自身も現場で正義のために仕事をしろなんて言ったこともない。
稲葉 : 大晦日に殺人事件が起きたら、社会正義のために何としても捕まえてやろうなんて思わない。「明日から休みだと思ったのに、これで正月はないな、やれやれ」っていう刑事がほとんど。自分たちのやっていることが正義の実現とか、正義のために仕事をするとか、そんなことを思っているやつは誰もいない。
原田 : だから、警察官が正義を口にしたら危ないと思うよ。組織として正義論をぶち出したら、それはほとんど嘘だし。
――そこに市民との乖離がずいぶんある。警察に対する市民のイメージは刑事ドラマですからね。
稲葉 : 刑事ドラマはやめてほしいね。
――現職の警官はどう見ているんでしょう。
稲葉 : 覚めているでしょう。そもそも見ない。
原田 : 俺も見ない。「警察24時」みたいなドキュメンタリーも絶対見ない。
稲葉 : やらせだから。
――子どもの時、刑事ドラマは見ませんでしたか。「七人の刑事」とか「太陽にほえろ」とか。
稲葉 : 七人の刑事は見ていたかな。いま考えたら7人で解決できるわけがないだろうって。
原田 : 子どもの頃じゃないけど、比較的見ていたのは藤田まこと主演の「はぐれ刑事純情派」。ものすごくアホな課長がいて、常に上を見て仕事をするんだけど、署長はそれを受け付けない。藤田まことの話をよく聞いて判断する。そこらへんが気に入って見ていた。
――まるで署長時代の原田さんを彷彿とさせる。
稲葉 : 実際、そういう課長いましたよね。
原田 : 結構いたね。
――警察官になって市民を守ろうという意識はありましたか。
稲葉 : 市民から何か相談を受ければ、受けなければならない。それくらいでしょうね。この相談をどんな罪名に当てはめて組み立てていくか。それが刑事の仕事。そこで初めて被害者なり参考人から、この刑事さんだったら頼れるなとか、また何かあったら相談しようという流れができる。それが基本だと思う。
――いまの警察官は外に出ていますか。
稲葉 : 署にきたらパソコンを開いて外にも出ないやつがたくさんいた。パソコンの前はワープロ。
原田 : 何をやってるの。
稲葉 : 知らない。俺は外に出ていたから。
原田 : 刑事は捜査し、情報を集め、協力者を探すという作業も含めて、外に出るのが当たり前だけどね。いま流行りの〝パソコン刑事〟というのはそれかい。
稲葉 : いまや監視カメラの時代。テレビのニュースなんかでも監視カメラの映像がよく出るようになった。監視カメラがあるから外回りをする昔の刑事はいらないとでも思っているんじゃないの。〝監視カメラを見る人〟でいいんだから。まさにパソコン刑事ですよ。昔のやり方は聞き込みをする。たとえば原田宏二ってやつがこのへんにいそうだと。いろいろ人づてに聞いていく間に協力者が増えていく。人を知る。
原田 : 最終的に人なんだけどね。
稲葉 : そう思いますよ。パソコンの画面じゃない。

着々と進んでいるコンビニの警察化
原田 : 監視カメラの映像に頼るあまり、誤認逮捕も少なくない。結局、映像を信用しすぎて、本来のやるべき捜査をやらない。
現場の刑事が捜査をしたとき、本来それを指揮している幹部が何人もいる。本来、いろんな幹部が介在してチェックしているはずなのに、そこをスルーしている。誰も判断していないということですよ。だから冤罪事件もなくならない。
一方、現場の刑事の捜査力というのは、なんだかよくわからんがパソコンの前ばかりにいると。総じて言えることは、稲葉たちの時代に比べ、警察のアンテナの高さが著しく低くなっているということ。
稲葉 : だって数年前に某ヤクザの組長が北海道に来たのに、道警の刑事は誰も知らなかったよ。
原田 : 山口組6代目組長。
――司忍組長ですか。
稲葉 : そう。昔はそんなことあり得なかった。
原田 : どこかの大学の先生が、警察はこれまでのあり方を変えようとしていると指摘していた。従来の警察権の限界を徐々に広げようとしていると。その動きはすでに出ていて、最たるものは特定秘密保護法。監視カメラもそうだと思う。
その先生は「民衆の警察化」という言葉を使っていた。いま全国にコンビニは約5万店舗。監視カメラのないところはない。多い店舗だと7、8台もついている。
――警察は「防犯カメラ」といって、絶対「監視カメラ」とはいいませんね。
原田 : 防犯と、あたかも犯罪を抑止する効果があるみたいにね。02年から10年間、刑法犯は毎年10万件単位で減っている。しかし、コンビニの強盗事件は増え続けているのが現状だ。防犯カメラに警察のいう犯罪抑止効果があれば、コンビニの強盗事件なんかゼロになるはずでしょう。
――何が起きているのか。
原田 : 監視カメラの映像を捜査に利用する。つまりコンビニの警察化です。全国の交番の数は駐在所も含めて約1万3000カ所。コンビニの数はその3・8倍もある。
稲葉 : 監視カメラの映像を提供してもらうのに、ほとんど何の手続きもいらない。コンビニ側もまず断らないしね。
――警察組織で不思議に思うのは、都道府県警察にもかかわらず、上層部は国家公務員、すなわち警察庁が支配していることです。
原田 : もともとは市町村警察。それを1954年に現在の警察法にして都道府県警察になった。ところが法律の中身をよく見るとひどいもの。都道府県警察を管理するのは都道府県公安委員会にもかかわらず、そこに警視正以上の警察官に対する任命権がない。すなわち幹部職員は地元で決められないということ。
――原田さんは警視正より1ランク上の警視長にまでなっていますね。
原田 : 警視正になったとき、その時点から任免権は国家公安委員会、つまり警察庁が持つことになる。
稲葉 : 一度、退職する。
原田 : そう。地方公務員から国家公務員になるから。退職金はないけどね。
稲葉 : 都道府県警察といいながら人事権ももたない公安委員会が管理する。これがそもそも誤りだよね。
原田 : 事実上、国家警察。都道府県警察を仕切っているのは一握りの警察庁のキャリア官僚。道警の本部長なんか長くても1年半しかいない。何ができるのか。警察腐敗の根本は、このへんにあると思う。
――こういう二重構造について、現場はどんなふうに感じていたのか。
稲葉 : 全然、感じていない。関係ないもの。
原田 : 現場の連中は、本部長の名前なんか知らないやつが結構いるんじゃないかな。
――本来の都道府県警察になるのは可能でしょうか。
原田 : 現状は完全に警察庁が予算を采配できるようなシステム。だから都道府県警察は警察庁を見て仕事をしなければいけない。そういう予算配分ではないシステムをつくればいい。
警察の常識は世間の非常識
――稲葉さんは道警はどうなってもらいたいと思いますか。
稲葉 : 何もないですね。
原田 : もう組織として終わっているか。
稲葉 : 警察の中にいたからわかるけど、何も期待はできないね。
――昔の警察は信頼されていたと思いますよ。
原田 : そうかな。
稲葉 : 以前は稲葉という刑事を信頼してくれていた人もいたと思うけど、俺はその人たちを裏切ってしまったからね。いま警察官は、お酒を飲むとき上司に届けを出さないといけない。なんでそんなことになるのかといえば、飲んだらきちんとできない人が多いからでしょ。そんな組織を信頼して、私の身を守ってくださいって言えますか。警察に期待しないほうがいい。
――原田さんは道警にどうなってもらいたいですか。
原田 : いまのままだったらどうしようもない。いろんなレベルで考えられることはあると思うが、基本的には現在の警察制度を根っこから見直さない限りよくならないと思う。
稲葉 : 裏金にしても、やってない、知らない。泳がせ捜査の覚醒剤130㌔、大麻2㌧の流入も、やってない、知らないでしょ。あげくの果てに新聞社に謝らせて。ヤクザ以上でしょう。市井の人をナメてるよ。警察がやってないといえば、やっていなかったことになるというのは、警察の常識であって世間の非常識。誰も信用していない。そういう部分から少しずつ市民の気持ちが警察から離れているんじゃないの。
――実際、道警は国と道に計9億6000万円返していますからね。
稲葉 : 返すということは、裏金づくりを認めたということ。だってやってたんだから。俺の書いた『恥さらし』も読んでもらいたいけど、泳がせ捜査だってやってるんだから。俺と一緒に実行した、いわば共犯がまだ道警組織の中にいることだって知っているんだから。みんな口に出さないだけ。そんな組織をどうやって信用するんですか。何か言えば、目をつけられるから言わないだけですよ。
原田 : 警察組織の中には「自分たちは取り締まる側、多少のことは法律を守らなくてもいい」みたいな雰囲気がある。それは大きな間違い。組織が法を守るというところから始めないといけない。稲葉の事件も、裏金の問題も、いろんな不祥事が起きたときもそうだけど、本当のことをきちんと認めること。それをやらずに再生はあり得ない。
