札幌夜間動物病院が移転・拡充、あなたの知らない〝動物救急24時〟

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髙橋徹社長

病気や事故は時を選ばない。札幌夜間動物病院は365日、ペットの命を守る最前線に立ち続けている。開院から17年。11月下旬に移転し、診療機能を大幅にアップさせ、新たなスタートを切る。

年間の診療件数は約7000件

「ここで働き始めてから、お正月は一日も休んだことはありませんね」と札幌夜間動物病院(以下、札幌夜間)の川瀬広大院長はほほえみながら、こう続ける。
「うちは365日診療しています。お正月も、ゴールデンウィークも、お盆も。お正月は待合室から飼い主さんが溢れるぐらい、混みますよ」
 札幌夜間は2006年7月に市内中心部のビルに開院し、医師や看護師を徐々に増やし、診療時間を拡大していった。現在、平日は夜7時~朝6時まで、日曜・祝日は24時間診療を行っている。
 年間の診療件数は約7000件で、犬や猫、ウサギ、鳥など来院するペットはさまざま。軽症の場合もあるが、心肺停止やショック状態といった一分一秒を争う容体のケースもある。
 人の夜間救急病院と同様に大半が初診患者だ。それぞれのホームドクターが診療できない時の役回りなので当然ではあるが、初診の難しさがある。
「飼い主さんは初めて会う人ばかりで、それまでコミュニケーションがありません。しかも、ペットの容体に不安が募っていますから、飼い主さんと話をして気持ちを和らげながら、治療を進めていくようにしています。元気のなかった患者が、飼い主に抱かれ、本来の笑顔を取り戻して帰っていく姿を目にするのがうれしい瞬間です」(川瀬院長)
 しかし、懸命の治療がすべて実るわけではない。救えない命もある。
 07年に酪農学園大学を卒業した川瀬院長。獣医師としての経験を豊富に持ち、プロとして現実を理解しているが、それでも、救えなかった命を目の前に涙を流したこともある。
 川瀬院長が今でも鮮明に覚えている事例がある。
 飼い主も川瀬医師も回復を期待して人工呼吸器に長期間、つないだペットがいた。しかし、医師として判断しなければならない時が来る。あきらめたくない飼い主を前に、話さなければならない。すべてが終わった後、川瀬院長は「無力感に襲われました」と振り返る。

救急医療の学会を立ち上げた院長

 川瀬院長が札幌夜間で勤務してから10年が経つ。その前は上川管内の病院で働きながら、酪農学園大学の大学院で研究にいそしんでいた。札幌夜間で働き始めた時も、研究の世界に進むつもりだったという。
 ところが、動物の救急救命にやりがいを感じ、のめり込んでいく。動物の救急医療が進んでいるアメリカの現場で学び、人の救急医療についても知識を蓄え、獣医師のネットワークも広げていった。
 川瀬院長は現在、道内各地の獣医師約500人のメンバーとLINEグループでつながっている。
 札幌夜間には、道内各地の飼い主から連絡が入る。症状や容体、移動時間を考慮し、より近くの病院で受け入れた方がベターな場合、仲間の助けが力を発揮する。逆に地方の仲間から、医療面の相談を受けることも。
連携による地域医療だ。
 さまざまなセミナーや学会に講師として登壇し、動物の救急医療の重要性も伝え続けている。19年には志を同じくする医師と、日本獣医救急集中治療学会を立ち上げた。データとエビデンスに基づく、救急医療を広げていくのが目的だ。
 実は、動物の医療と人の医療とは研究・教育のシステムに大きな違いがある。おそらく獣医学部の関係者以外は知らないだろう。
 どちらも医師になるため大学で学ぶ。しかし、日本の獣医学の分野には、体系的に学べる救急医療の講座が未だに存在しないのだ。
 ではどうやって学ぶのか。先輩からの教えや文献、現場での経験などから技術やノウハウを磨いていくのが主流で、札幌夜間でも若手の医師を対象に勉強会を開く。札幌夜間は学び場としても機能しているのだ。
 川瀬院長は言う。
「この場所で、いまにつながる私の新しい方向性が見つかりました」
 余談だが、川瀬院長は札幌夜間で人生の伴侶とも出会っている。

有珠山噴火が設立のきっかけに

 札幌夜間のホームページには、出資者の名前が載っている。札幌圏だけでなく、室蘭市や帯広市などの動物病院の名前も並ぶ。
 57人の獣医師による共同出資で株式会社として立ち上げたのだ。
 全国に共同出資で始まった夜間専門病院があるが、数は決して多くない。道内では札幌夜間だけだ。
 きっかけを髙橋徹社長に尋ねると、「有珠山の噴火です」と答えが返ってきた。
 髙橋社長は市内で動物病院を経営するベテラン獣医師。1948年生まれ。50年前に札幌市白石区に開業した。2013年から今年6月まで北海道獣医師会会長も務めていた。
 病院の開業と有珠山噴火がなぜ、リンクするのか。
 00年3月31日、有珠山が大噴火し、ふもとの自治体は大きな被害を受けた。この時、髙橋社長ら犬や猫を専門とする小動物獣医師たちが動いた。
「犬や猫たちも被災していたが、地元の動物病院も被害を受けていた。僕らで手伝いに行こうと、ゲージなどの設備、医薬品をみんなでそれぞれかき集めて車で現地に向かい、動物救護センターを立ち上げました」(髙橋社長)
 それから5カ月間、髙橋社長らは被災地で動物の命を守り続ける。治療だけでなく動物のもらい手探しも行い、最後の1匹を里親に引き渡し、締めくくった。
 この動物救護センターで一緒に汗を流した仲間が中心になり、札幌夜間を立ち上げたのだった。
 設立する前から、夜間病院の必要性が言われていたことも、髙橋社長らの背中を押したという。
 あまり知られていないが、動物病院の半数以上が医師1人体制。開業医師が病院経営を行いながら、昼も夜も診療し、休日や夜間も急患対応するのは物理的に難しい。でも、誰かがやらなければならなかった。
 設立準備の難関は場所探しだったが、髙橋社長が知人のツテで見つけたという。開院してしばらくは、髙橋社長も若手医師とコンビを組み、現場に立った。
 髙橋社長は「開院初日、みんなで最初の患者さんが来るのを待ったよ。夜10時ぐらいだったかな、若い男性がペットを連れてきた。オレがオレがと、ベテラン医師みんなで診察したよ。結局、やったのは耳掃除だけだったんだけどね」と思い出し笑いをする。
 現在は髙橋社長は経営面に専念し、診療現場にはかかわっていない。
 「経営は髙橋社長ら取締役が行い、現場に集中できます。儲けではなく、動物の命を救うための人材や設備への投資を惜しまない方針なので、感謝しています」(川瀬院長)

新天地で365日24時間診療体制へ

 札幌夜間は11月に移転し、それに併せて機能を大きく拡大する予定だ。現在は日曜・祝日だけ24時間診療だが、365日24時間体制に移行する。
 目的は2次救急の充実にある。平日の昼、急性疾患や重症な動物に病院が対応できない時、その選択肢となるためだ。市中の病院の負担軽減にもつながる。
 さらに、集中治療のセクターを独立して設ける。災害時の動物医療拠点を目指すほか、高度医療機器であるCTやMRIも導入し、専門スタッフを配置する。
「ハード、人員規模の両面でおそらく日本トップクラスの動物病院になると思っています」と川瀬院長。
 移転と機能拡大には大きな投資が必要だが、札幌夜間は営利が目的ではない。
「多くの動物の命を救うのが私たちの使命です。大きな投資ですが、髙橋社長はじめ取締役のみなさんも『やりなさい』と賛成してくれました」(川瀬院長)
 目下、川瀬院長ら現場スタッフは移転の準備を通常業務と並行しながら行っている。11月21日の朝まで診療を行い、翌22日から新しい場所で活動を始めるというから、かなりタイトだ。
 「なぜ11月22日なのですか」と問うと川瀬院長は笑いながらこう答えた。
「何の日だか知っていますか。『いい夫婦の日』で知られているかもしれませんが、『ワンワン、ニャンニャンの日』です」と。
 移転場所は新築した北海道獣医師会館(西区二十四軒4条5丁目)の1階。専用駐車場も完備している。

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スペースが倍に増えたことに伴い、待合室も広くなる(パース)
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新築中の北海道獣医師会館

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