役員2人が逮捕、調剤最大手・アイン大谷喜一の〝2度目の試練〟

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札幌市に本社を置くアイングループの幹部2人が8月末、偽計入札妨害の容疑で逮捕された。同社は調剤薬局の最大手。業界に激震が走っており、グループを率いる大谷喜一氏にとって大きな蹉跌だ。(9月7日現在)

情報提供メールに書かれていた疑惑

 8月31日午前、北海道電力本社の取材に向かう途中、記者のスマホが鳴った。
「アインの役員、KKR札幌の元事務部長の逮捕状が請求された。敷地内薬局の件で。今日中に逮捕される」
 信頼を置く情報筋からの連絡だった。弊誌に届いていた、匿名の情報提供メールが頭に浮かぶ。
 北電での取材を終えて帰社後に確認すると、こんな内容だった。
「国家公務員共済とアインとの癒着、事務部長との関係からの敷地内薬局誘致。斗南からKKRへの必然的な流れ。そして北海道厚生連への流れ、隠された金銭授受」
 KKRは国家公務員共済連合会の略称。メール内の「KKR」は文脈から、KKR札幌医療センターのことを指していることがわかる。
 送信者の名前や電話番号、アドレスはなし。届いた日は2021年12月17日だった。関係者の間ではこの頃から、事件性が認識されていたのだろう。
 弊誌は何度か、北海道大学病院の敷地内薬局を巡る疑惑を報じていた。だから情報が寄せられたのかもしれないが、目の前の仕事に忙殺されている内に、記憶の片隅に追いやられていた。
 事件を最初に報じたのは北海道新聞社。同日の夕刊社会面で「KKR病院元幹部逮捕 敷地内薬局開設で便宜疑い 道警」との見出しで概略にとどめていた。
 午後3時、道新も含めた各社が一斉にオンラインで詳細な記事をアップした。
 アイングループは調剤薬局の最大手。持株会社・アインホールディングス(以下、アインHD)の下に各事業会社がぶらさっている。連結年商約3500億円の東証上場企業だ。
 オンライン記事がアップされた午後3時は、現物株式の取引終了時刻である。
 事件の概要は以下の通り。
 KKR札幌医療センター(以下、KKR札幌)は2020年11月、敷地内薬局を決める入札を公募型プロポーザル方式で実施。その後、審査の末にアイングループの中核事業会社・アインファーマシーズ(以下、アイン)に決まった。
 逮捕されたのは3人。KKR札幌の元事務部長・藤井浩之容疑者、アインの社長(酒井雅人容疑者)と取締役(新山典義容疑者)。酒井容疑者は持株会社の常務も兼任している。
 入札に際し、事務部長だった藤井容疑者が不正に情報を新山容疑者らに流し、その情報を基にアインが受注した疑い。酒井容疑者は当時、アインの道内事業を統括する立場だった。
 国家公務員共済連合会の職員は法令上、みなし公務員に該当する。逮捕容疑は偽計入札妨害だが、道警は贈収賄も視野に入れて捜査を進めている。

あの首切り殺人事件が捜査の進捗に影響?

 道警捜査2課が内偵からギアチェンジしたのは3カ月前。その頃からアインの複数の社員の任意聴取を始めている。新山容疑者も取り調べを受けていた。
 道警記者クラブに加盟する大手メディアは動きを察知。担当記者たちは水面下で取材を進め始める。
 捜査が鳴りをひそめた時期がある。
「例の首切り事件に2課も応援人員を出していた」と道警関係者。
 ススキノのラブホテルで起きた首切り殺人のこと。
発生したのは7月下旬だが、今も続報がニュースになるほど世間の注目が高い。
 事件発覚後、道警は犯人の足取りを追うため大量の人員を投入し、一帯の防犯カメラの映像をくまなくチェックした。
 容疑者の逮捕後も、膨大な作業が待ち受けていた。 実行犯の女に加え、その母親と父親も共謀した疑いがかけられている。道警は3人が住んでいた自宅を捜索。ごみ屋敷は大げさかもしれないが、彼らの自宅には大量のモノがあったとか。
 見落としがないよう徹底的に家や押収品を調べる必要があった。当然、人手が欠かせない。
 首切り事件の捜査が一段落した8月初旬、さるメディアの記者は「KKRとアインの件、お盆明けに捜査が本格化する」との情報を得ていた。
 各大手メディアも8月中旬以降、容疑者逮捕のXデーを待ちながら準備を進めていたようだ。「ダイヤモンドチェーンストアオンライン」の記事に、こう書かれている。
「実はマスコミ報道の数日前から、日本薬剤師会や厚生労働省保険局医療課には『敷地内薬局のイロハについて、いくつもの一般紙記者から問い合わせがあった』という」
 そして8月31日、ついに事件が弾けた。当日、アインHDはリリースを出している。抜粋する。
「当社としましては本件を厳粛に受け止めており、当局の要請に誠意をもって対応するなど、引き続き捜査に全面的に協力してまいります。このような事態に至ったことについて、関係者のみなさまへ多大なご迷惑とご心配をおかけすることになり、心よりお詫びを申し上げます」

競争が過熱した敷地内薬局事業

 逮捕者を出したアイングループは前述したように調剤薬局の最大手である。アインHDの専務は業界団体・日本保険薬局協会の会長を務めており、業界に激震が走っている。
 道内経済界も大きな衝撃を受けている。
 アインHD社長の大谷喜一氏は札幌商工会議所の副会頭を任されており、鈴木直道知事の後援会幹部でもある。札幌経済界の主流の面々で大谷氏を知らない経営者はいない。
 大谷氏は1951年生まれ。日本大学薬学部卒。小さな臨床検査の会社から始め、M&Aも駆使し、事業を拡大させてきた。
 その間、苦境も味わった。最大の試練はバブル崩壊の時だった。
 バブル期の多くの経営者と同様、大谷氏も積極的に事業を多角化した。家電量販店やホームセンターにも手を出したが、なかなか思い通りにいかない。そこにバブル崩壊、そしてメーンバンクだった北海道拓殖銀行の経営破綻が追い打ちをかけた。
 倒産の2文字が大谷氏の頭をよぎるほどの危機だったが、思い切った改革を断行した。最終的には祖業の臨床検査事業も切り離し、現在のように調剤薬局とドラッグストアを主軸に成長を遂げていく。
 近年、アイングループは、事件の舞台となった敷地内薬局事業に注力していた。
 敷地内とは病院の敷地に設置されるということ。2016年の規制緩和で、患者の利便性を高める目的で認められるようになった。
 官民を問わず多くの大規模病院が導入している。病院側もプラス面が大きいからだ。敷地を調剤薬局の企業に貸すことで賃料収入が入る。さらに入札の設定次第で、寄付金も含めた病院側への貢献も審査の対象にできる。
 この敷地内薬局は業界にとって最後の未開拓マーケットとされ、大手ドラッグストアも交えた競争は過熱した。かつて取材した北大病院の敷地内薬局の入札では、2次審査に残った4社はいずれも多額の寄付金を提示。うち1社は、調剤薬局と無関係な留学生寮の建設まで、提案内容に盛り込んでいた。

報じられていない藤井容疑者の噂

 そんな激しい入札競争が繰り広げられる中、アイングループは実績を積み上げてきた。「敷地内薬局はアインの1人勝ち」と言われるほどだった。
 大谷氏を知る経営者は「競合他社に〝刺された〟(密告された)のでしょう」と推測し、こう続ける。
「大谷社長は規模が拡大した後、いち早くホールディング制をひき、ガバナンスを高めようとした。コンプラ意識も社内に徹底させていたが、残念ながら今回の事件になってしまった」
 また、事件の背景として一部の報道では、藤井容疑者と新山容疑者が北海高校野球部の先輩・後輩だった点が強調された。大谷氏も北海高校野球部OBで、母校の野球部の支援を惜しまない。
 ただ、あくまで共通の属性だったに過ぎない。むしろ藤井容疑者の側に、事件のきっかけが潜んでいるかもしれない。
 報じられていないが、「事務部長だった藤井容疑者は立場を利用し、他にもいろいろとやっていたようです。普通の退職ではなく、事実上、クビになったと聞いています」(医療業界関係者)
 今後、道警の捜査がどう進展するかは分からないが、
幹部の逮捕劇に大谷氏がショックを受けているのは間違いない。しかし、バブル崩壊後の経営危機を乗り越え、業界最大手企業を築いた経営者だ。並ではない。
 今回のつまずきでも、大谷氏が歩みを止めることはないはずだ。

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KKR札幌医療センター

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