【業種別景況と企業動向】
建設・不動産・ビル
建設投資は堅調、不動産もいいムード
建設業界は相変わらず現場の人手不足と資材高に悩まされているものの、建設向け投資は堅調に推移しており、業界全体としては安定していると言える。不動産市場では地方都市圏でも地価上昇の動きが見られ、ムードは悪くはない。また、地域特化型の北海道リートが今年夏頃、スタートする見込み。
建設業界の二重苦が続いている。1つが現場の人手不足。道内の大手や中堅の各社は賃上げを実施し、人材確保に努めつつ、デジタル技術を積極的に導入し、効率性を高める動きをしている。
働き方改革関連法が24年度から建設業にも適用され、労働シフトの改善は必須。地場の大手や中堅クラスはすでに対応を取り始めている。
もう1つの苦悩が資材高だ。こちらも慢性的な傾向になっており、その結果、建設費が「1・5倍になった」「2倍になった」という悲鳴はざら。大型工事ならば建設の途中で、予算追加をしなければならない事態も発生している。
しかし、道内の建設投資は堅調に推移しており、業界全体的には苦境ではない。中でも札幌エリアは都心部の建て替えブームが続いており、民間の建設投資は衰えていない。
厳しい建設のセクションをあげるとすれば住宅関連だ。
ある信用調査会社の関係者は「住宅関連の建築分野は木材の高騰も加わり、厳しい見方もあります」と解説する。
道内の新設住宅着工戸数は2021年度は増加したが、22年度は再び減少に転じ、3万戸を久しぶりに割り込んだ。
札幌が市場の中心である分譲マンションは伸びているものの、戸建ての減少幅が大きかったため、全体としてはマイナスになった。
新設住宅着工戸数の減少理由は「上昇した建築コストを反映せざるを得なくなり、販売価格がかなり上がりました。そのため、いまは買い時ではない、と消費者側の熱が冷えたと言われています」(業界紙記者)
また、建設業界では買収の動きが加速中。最近では、大手ゼネコンの清水建設が札幌の老舗・丸彦渡辺建設を買収し、子会社化した。大手だけでなく資金力のある道内中堅クラスも買収に意欲的だ。
道内不動産業界に目を転じる。都市部と田舎の地価二極化の基調は変わらないものの、札幌以外の都市圏でも上昇傾向が見られる。地方では、世界的な観光地となったニセコは相変わらず上昇傾向が続く。
最近のトピックでは千歳の地価上昇である。2月から一気に地元の不動産市況が熱を帯びているのだ。きっかけは次世代半導体「ラピダス」の進出決定だ。
ラピダスは総投資額として5兆円を想定するビッグプロジェクト。国策として取り組んでおり、政府も関連企業や研究機関の進出を呼びかけている。
当然、多数の人が今後、新たに流入し、そして定着する。千歳の不動産価値の上昇は必至。不動産企業や投資家が、このチャンスを見逃す訳がない。場合によっては隣接する恵庭市、苫小牧市、安平町などにも効果は波及するだろう。
札幌のオフィスビル市場については空室率が低い状況で賃料相場もゆるやかに上昇傾向だ。オフィスの新規供給がここ数年、少なかったことが背景にある。
ところで北海道の不動産関連で今年、新たな動きが始まる。「北海道リート」のスタートだ。道内関連の各種物件を投資対象として運用する地域限定型のファンドで伊藤組土建、アインホールディングス、北海道電力など道内有力企業がスポンサーになる。
私募リートのブームが続いており、「役所の許可手続きが順番待ちの状態になっているため、北海道リートのスタート時期が遅れているが、夏には許可が下りるだろう」(地元企業の役員)
関係者によると、投資対象の選定作業はすでに始まっているという。
道内の不動産を対象にした地域リート設立の動きはこれまでも何度かあったが、ついに実現しそうだ。
小売・製造・流通
物流問題は業界を横断した対応が必要
コロナ禍からの脱却は本格化したが、ウクライナ戦争による燃料・食料をはじめとする世界的な資源高・資材高騰の影響が商品値上げの大きな推進力となり、国民生活を直撃している。一方、働き方改革関連法の制定により、物流における2024年問題が至近に迫り、対応は待ったなしの状況だ。
ウクライナ戦争が丸1年を過ぎても収まる気配を見せず、円安の長期化で原材料や生産・流通資材は複数回の値上げが常態化。この結果、消費者のフトコロを直撃しているのが食品の値上げだ。帝国データバンクの調査によれば、昨年1年間に累計2万5768品目の食品が値上げされた。
今年は前年に増して値上げする品目の増加が加速、6月末現在で2万9106品目が値上げされた。さらには7月中に3万品目を超え、10月には単月で5000品目超が値上げされると見られている。
こうしたことから、道内主要スーパーのアークス、イオン北海道、コープさっぽろはそれぞれ増収。その一方、電気料金の値上げや人手不足など利益を圧迫し、2社が営業減益となった。
百貨店業界は、コロナ禍の外出控えで経営環境の悪化が加速して3年が経った。
本稿3のグラフは道内主要百貨店のコロナ前の19年と昨年、そして今年5月までの各月ごとの売り上げを比較したものだが、3社とも回復傾向ははっきり見て取れるものの、その度合いには差がある。
大丸札幌店は今年3月から19年を上回る売上高となり、コロナの影響を完全に払拭。札幌丸井三越も19年比で9割程度まで来ており、あとひと息まで来たところだ。
なおさっぽろ東急百貨店は、今年開業50周年を迎えるにあたり大規模なリニューアルを実施中で、一部フロアが閉鎖中。グラフ上で回復傾向が見られないのはこうした理由による。
流通・小売や製造業を支える物流分野では、数年前から議論されてきた、いわゆる2024年問題への対応が待ったなしの状況に来ている。
18年に制定された働き方改革関連法では、自動車運転業務について、これまで上限のなかった時間外労働時間が、特別条項付き36協定を締結する場合でも、年960時間までに制限された。
ほかにも1人のドライバーに対する1日の拘束時間について、休息期間が住所地以外の場合、1週間に2回まで16時間以内を上限に。連続運転時間は4時間までというのは現状と変わらないが、荷物の積み下ろしなどの作業は休憩と見なされなくなるなど、さまざまな改正が行われた。
これらの影響を大きく受けるのが一次産業の現場から消費地まで長距離輸送が常態化する本道の物流網。道内の貨物輸送量の8割はトラックで、本州ではJR貨物での輸送につなげる「モーダルシフト」が2024年問題解決のカギとなっている中、道内は長万部―函館間の存廃をはじめとする廃路問題が大きな課題として横たわっている。生産現場から小売まで、業界を横断した取り組みの加速が喫緊の課題だ。
情報・通信・IT
生成AIの普及がIT業界の転換期に
総売上高が2021年に5000億円の大台を超えた北海道のIT・情報産業。拡大基調を続ける一方、人材不足は深刻だ。次世代半導体の製造を目指す「ラピダス」は千歳に進出する。さらなる市場拡大が期待される。「Chat GPT」などの生成AIの登場も追い風になりそうだ。
北海道内のIT企業などで構成する「北海道IT推進協会」は毎年「北海道ITレポート」を公開している。
同レポートによると、2012年度以降、右肩上がりを続け、21年に初めて5000億円を突破。22年度は前年比3.4%増の5260億円を見込んでいる。
ここ数年はコロナ禍で、ウェブ会議やリモートワークなどが普及。デジタル化を加速した要因にもなった。
同協会の入澤拓也会長は道内のIT業界をこう分析する。
「道内のIT企業は大きく3つに分けられます。1つは、首都圏などに本社を置く大手企業の受託業務を主力事業にする下請け企業。2つ目が、地方自治体のシステム管理や道内企業のホームページ制作を行う企業。3つ目が自社開発したソフトウェアを全国で販売していくような企業です」
1つ目の下請け企業が多いということは道内市場の課題でもある。給与や福利厚生などの待遇面で本州と差ができてしまうからだ。
「最近はフルリモートの企業も増えました。東京の会社に籍を置きながら、札幌に住むこともできるようになりました。道内企業は人材確保がより難しい時代です」(入澤氏)
ITレポート内でも78.8%の企業が「人材の確保・育成」を経営課題にあげた。協会としてはITに興味があり、転職を希望する未経験人材などの育成支援にも力を入れている。
道内情報産業と主要産業の製造品出荷額を比較すると、食料品に続いて2番目の5086億円。出荷額合計の9.2%を占める産業規模になっている。ちなみに前年が4870億円だった。
業種別主要取引先は同業他社が多く、官公庁が2番目になっている。しかし、ギガスクールやスマート農業などの事業規模も拡大しており、他業界との垣根もさらに低くなることが予想される。
また、次世代半導体の製造を目指す「ラピダス」が千歳に進出する。
「半導体産業とITは切っても切れない関係です。そこから新たな雇用が生まれることを期待しています」(入澤氏)
業界的なトレンドとして、生成AIの登場があげられる。生成AIとは、サンプルデータからアウトプットを自動的に生成する機械学習の手法の1つだ。
昨年11月に「OpenAI」(アメリカ)が「Chat GPT」を開発。ユーザーが質問を入力すると、対話形式でAIが回答してくれるチャットサービスが世間でも話題になった。現在、道庁などの自治体や行政でも利用が検討されている。
「生成AIによって世の中が一変する可能性があります。人間が頭の中で時間をかけて考えてきたことをAIはすぐに解決することができます。これから大きなパラダイムシフトが起こるかもしれません。これをプラスの方向にとらえて、われわれも仕事のやり方を変えていく必要があると感じています」と入澤氏は見解を示す。
教育
競争型から個性特色を伸ばす教育へ
「知識および技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の「三つの柱」をキーワードに、「生きる力」を養うことを目標とする新学習指導要領が、小中高それぞれで始まった。少子化故に子ども一人ひとりの個性を尊重する教育は、新たなフェーズに入った。
少子化の進行は年々深刻化し、教育業界に大きな影響を与えている。当然、北海道も例外ではない。2022年度の在籍者数は小学校が22万7372人、中学校が12万587人で、それぞれ過去最少となった。
しかし、少子化がもたらすのは負の影響だけではない。
「保護者世代が学生のころは学歴社会であり、入試も高倍率。競争型教育で、周りに勝つための努力をしなければならない時代でした。今は大学全入時代となり、『自分がやりたいことをかなえるために頑張る』ことが重視されます」(札幌市内の予備校関係者)
子どもの多様性を尊重し、個性や特色を伸ばすことを前提とした教育の背景には、新学習指導要領の存在が色濃い。
文部科学省では学習指導要領をおよそ10年ぶりに改訂し、20年度には小学校、21年度からは中学校、22年度からは高校で順次実施が始まった。
この影響は、それぞれの学校の入試にも表れ始めた。思考力、判断力、表現力の3つの力を問われる問題が増加し、受験生や教育関係者たちを揺さぶっている。
首都圏や関西圏の中高一貫校では、3つの力を問うため、新タイプの入試形式も増加。
一口に新タイプといっても、「適性検査型」「合科目・総合型」「記述・論述型」「PISA型」「プレゼンテーション型」「グループワーク型」など、その種類は多岐にわたる。
札幌市内のある塾講師は、「札幌圏でも数年後にはこれらが導入されるでしょう」と予測を立てる。
中高一貫校の入試市場で注目されるのは、①海外研修など、独自の経験を積めること、
②ICTの活用法などの学校設備、③豊かな人間性を養う全人教育の主に3点。
学校側には進学や部活動の実績だけではない魅力を打ち出すことが求められる。
「札幌圏は、以前から評判の良い学校が着実に人気を固めるという傾向が強いですね。それぞれの学校が新しいコースを作ったり、特待制度を作ったりと、受験生にアピールするための〝花火〟を随時上げています」(前出の塾講師)
道立高校入試では、23年度から推薦制度が変更。中学校長の許可を得て出願する〝学校推薦〟から受験生本人による〝自己推薦〟になった。北広島高や新川高などで推薦倍率が2倍を超えた。
「留学や部活の全国大会出場の経験など、アピールポイントを持った生徒は挑戦しやすくなりました。自分の実力よりも上の学校に出願するという生徒も多かったようです」(別の塾講師)
一般受験は、22年度に学力検査方法が変更となり、1教科60点満点から100点満点に。23年度入試では、理科の19・5点(100点満点換算)を筆頭に、全教科で平均点が大幅に下がった。ここにも、前出の3つの力が絡む。
「記述表現力を問われたり資料を読み取って解いたり、合っている選択肢をすべて選ぶ完全解答など、単なる知識だけでは解けない問題が増えました。地道な作業が求められるため、〝センス〟で解くタイプの生徒は苦戦したようです」(前出の塾講師)
ポイントは、基礎的な知識を積み重ねることと、初見の問題にも対応できる〝柔軟性〟だという。
大学受験では、大学入学共通テストの導入から3年が経過した。22年度入試では新傾向の問題が増加。数学ⅠAなどで大幅に難化した。
「センター試験は知識を聞く問いが多かったですが、共通テストでは解答に至るまでのプロセスを問われる問題が増えました。論理的思考に基づいて正しい過程をたどらないと答えが出ません。ただ、科目によっても振れ幅が異なります。センターと同じような問いが出題される科目もあります」(前出の予備校関係者)
資料を読み取るなど、新学習指導要領で始まった探究学習の影響を感じさせる問題も多い。それを受け、各界のトップリーダーの講演を聞いた後、ワークショップに挑むなど、探究学習を意識したプログラムを設けている予備校もある。また、一般入試でも、大学のアドミッションポリシー(建学の精神)に則った問題が出題されるなど、単なる知識をつけるだけでは対応できない問題が増えているという。
前出の予備校関係者は力を込める。
「大学自体が生き残りをかけて、入試でも独自性を強めています。予備校としても生徒たちがさまざまな体験をする機会をつくっていきます」