【インタビュー】北海道経済産業局長/岩永正嗣

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(いわなが・まさし) 1967年、千葉県出身。慶應大学経済学部卒業後、通商産業省に入省。 資源エネルギー庁資源・燃料部石油精製備蓄課長、 在中華人民共和国日本国大使館公使、日中経済協会北京事務所長、 経産省大臣官房審議官を経て、2022年から現職。

北海道が日本の発展の新たなモデルになる!

新型コロナウイルスの感染は落ち着いてきたものの、物価高騰、人手不足など、ビジネスを取り巻く環境は厳しい。そうした中、ラピダスの千歳市進出など、明るい話題も出てきた。道内経済の現状、そして見通しとは――北海道経済産業局長の岩永正嗣氏に話を聞いた。

持ち直しつつある道内の個人消費

――まずは、北海道の経済概況についてお聞かせください。

岩永 : 私が北海道に来てからちょうど1年になります。新型コロナウイルスの影響で厳しい時と比べると、一気呵成にとはいきませが、経済状況は改善しつつあります。
北海道経済産業局としては大きく3つの観点から動向を分析しています。一つ目は生産動向です。残りは個人消費と雇用のデータになります。

――生産活動はいかがでしょうか。

岩永 : 最新の統計は今年4月の鉱工業生産指数になります。前月比で0.5%の減少でした。指数でいうと83.3という状況で、3カ月ぶりの低下です。
全部で15の業種をみているのですが、電子部品などの電気機械工業を含む5業種が上昇したのに対して、一般機械工業など10業種が低下したため、トータルで減少しました。「弱い動きとなっている」としています。
その一方、個人消費は4月は「持ち直している」状況です。
この傾向は昨年末から続いており、とくに百貨店の高級ブランド品の売り上げが、堅調です。コロナが明けて外出する機会が増えたことで、メイクアップやUVケアの商品を中心とした化粧品が伸長しています。また、人流が増えたことで、コンビニエンスストアもお弁当や総菜、冷凍食品も好調です。

――食料品の値上げラッシュになっています。スーパーへの影響については。

岩永 : 単価の上昇により、販売額全体は増加しています。ただ、販売点数は減っているケースもあります。物価があがる中で、消費行動に節約志向が見られており、今後の状況を注視しています。

――人手不足と言われて久しいです。雇用についてはどうでしょうか。

岩永 : 4月の北海道の有効求人倍率は0.97倍で、23カ月ぶりに前年同月を下回りました。
1倍を下回ったのは19カ月ぶりのことです。先月までは緩やかな持ち直しの動きがみられると判断していたものを、「弱含んでいる」と下方修正しました。

――下方修正した要因は。

岩永 : 新規の求人数が伸び悩んでいます。とくにサービス業が26カ月ぶりに前年同月を下回りました。
これまでのコロナ対策の変化もあります。昨年は、感染症対策でコールセンターが設置されていました。
さらに大規模なワクチン接種会場の業務に携わる求人が多くありました。いまではほとんどありません。
また、建設・土木にも雇用で様子見の動きが出てきました。こうした業種への派遣業務も前年を下回っています。
建設業の求人も5カ月くらい前から前年同月を下回っています。資材価格が高騰し、人件費も上がり、利益の確保が難しくなってきており、採用活動を練り直す動きも見受けられます。それでも有効求人倍率は3倍を超え、人手不足であることに変わりはないのですが。

――北海道の主要産業である観光については、どう考えていますか。

岩永 : 緩やかに改善していると判断しています。4月の航空機、JR、フェリーを利用した来道客数は93万7450人でした。前年同月比では44.7%の増でした。18カ月連続で前年を上回っています。
インバウンドは韓国や台湾などからの旅行客が多い印象です。コロナ前までには完全に戻っていません。
中国からの旅行客が来ていないことが大きな理由で、団体旅行向けのビザも政府が出していません。
7月から新千歳空港との直行便が一部運航を開始します。これから増えてくることが期待されます。
今後の旅行は、数だけではなく質の向上も重要視されます。
今年9月にはアドベンチャー・トラベル・ワールド・サミット(ATWS)が北海道で開かれます。アジア圏では初めての開催です。
アドベンチャートラベルとは、アクティビティを通じて自然や異文化を体験し、地域の人々と交流することで、自分の内面の変化を求める旅行形態です。欧米豪の富裕層を中心に楽しまれており、通常旅行の倍の消費額があると言われています。
北海道は国内、世界と比較しても、有力なアドベンチャートラベルの目的地となる可能性が高い場所で、新しいマーケットを開拓していくきっかけになると思います。あわせて、宿泊、運輸などの観光関連産業の人手不足にどう対応していくかが大切です。

――千歳市に次世代半導体の国産化を目指す「ラピダス」が進出してきます。

岩永 : ラピダスは今年2月末、千歳市に次世代の半導体製造工場を建設する、と発表しました。北海道経済にとっては朗報だと感じています。
経済産業省も全面的な後押しているプロジェクトで、昨年度は700億円、本年度は2600億円を上限に支援することになっています
半導体工場立地の先行地域として熊本県があげられます。目下、台湾のTSMCと日本の合弁企業が半導体工場を建設中です。
ある調査機関によりますと、地域に対して10年間で4兆円を超える経済効果、7000人を超える雇用を生むとしています。
ラピダス関連の経済効果は現時点で算出されていませんが、熊本を超える投資規模が想定されていますので、さらに大きくなるでしょう。
九州とは異なり、北海道にはまだ半導体関係のサプライチェーンの立地が多くみられるわけではありません。今後、経済効果もじっくり波及していくと思います。

半導体人材育成等推進協議会を設立

――ラピダスのプロジェクトを成功させる意味で重要なのが人材の確保です。経産局として取り組んでいることはありますか。

岩永 : 6月に経産局は「北海道半導体人材育成等推進協議会」を立ち上げました。経産局が事務局を務め、道庁、千歳市、国の関係機関、半導体関連企業、教育機関で構成しています。
人材育成に加えて、企業同士の連携構築も模索していきます。短期、中長期的に半導体関連産業の取引を活性化させて、ビジネスチャンスを生み出していくべく、取り組んでいきます。

――ラピダスについては壮大なスケールのため、イメージが沸かない道民も少なくありません。

岩永 : ラピダスがつくろうとしている次世代の半導体は、現時点において誰も量産化ができていません。最先端の技術であり、これから需要が伸びるAIや自動車の自動運転といった分野で、間違いなく必要になってきます。日本だけではできませんので、アメリカ、欧州と協力して進めていきます。
ラピダスが千歳市を選んだ背景には、北海道の強み、ポテンシャルがあります。
1つは工場建設のための広大な土地です。加えて、豊富な水、電力も必要になります。デジタルの世界は再生可能エネルギーを使用することも重要なポイントです。風力、太陽光も含めて、北海道のこの分野のポテンシャルは極めて大きいです。
ラピダスの小池淳義社長は「北海道バレー」という言葉を使います。千歳市だけではなく、石狩、札幌、苫小牧等は、再エネの供給、あるいはそれを使うエリアとして発展していくと考えています。
供給の観点でいえば、日本海側の洋上風力プロジェクトが進んでいきます。
使う側ではデータセンターも重要になってきます。先日、政府の有識者会議でも、データ拠点を北海道に優先的に整備する方針が示されました。
加えて、1次産業、観光関連といった基幹産業のさらなる発展のためにも、人手が不足していく中で、どのように生産性を上げていくかが課題です。デジタルの活用は大切な要素を占めています。

すべての面で豊かさを求める時代に 

――岩永局長が考える北海道の魅力を教えてください。

岩永 : 私にとって北海道が初めての地方勤務で、とても新鮮です。千葉県の生まれですが、首都圏からくる人間からすれば、北海道の規模感がしっかりイメージできていませんでした。
あらためて道内各地をまわってみて、どこも魅力のある地域ばかりです。自然や農林水産業はもちろんですが、人が関わっていく部分の魅力もほかにはないものがあります。
政府はいま、日本の産業政策の見直しに着手しています。私はバブル期に通産省に入省しました。そのバブルが崩壊し、失われた20年、30年などと言われています。実質賃金が上昇しないこともあり、これまでの産業政策が正しかったのか。様々な角度から見直しの議論がなされてきました。
これまでは新自由主義といいますか、経済は可能な限りマーケットに委ねるという考え方でした。そうではなくて、政府が社会課題を解決する。ビジネスも一緒になり、国も必要なら前に出るというものです。経済安全保障の視点からも、政府がしっかり関与していくというのが、今回のラピダスや再生可能エネルギーの開発にもつながっています。
そうした中で、働き方の見直しも急速に進んでいます。自分の仕事だけではなく、生活も含めてすべての面で豊かさを求めていこうと。それを実現できる場所が北海道なのです。そういう方々が北海道に集まることによって、さらに発展を遂げていくという好循環が生まれます。
あわせて、多様性がこれからの時代の大切なキーワードになると思います。多様なひとたち、価値観の中でいかに共生していくのか。そういう意味で、アイヌの方々の文化に触れられることも、北海道の魅力になります。
コロナを経験して、リモートが行われ、広域分散型の経済が進みました。北海道は問題を解決できる可能性が出てきました。デジタルを大いに活用して新しい生活や仕事のスタイルをつくることが求められています。
北海道が日本の新たな発展のモデルになっていけると、確信しています。

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