浅井 一 社長【インサイト】

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(あさい・はじめ)1958年12月18日札幌市出身。1980年にインサイトへ入社し、営業企画として従事。1990年11月に社長に就任し、2008年2月に札証アンビシャスに上場した。

道内唯一の上場する広告会社。時代の変化に即応して業容を拡大

 道内の広告会社で唯一上場しているインサイト(本社・札幌市)。広告手法のデジタルシフトが加速している近年、業界の変容や、それに対応する同社の取り組み、今後の展望を浅井一社長に聞いた。

メディアの多様化で広告手法が変化

――21年度に引き続き、今期も順調な滑り出しですね。

浅井 : 新型コロナ感染拡大以前に取り組んでいた事業が実を結んできました。中でも、当社の事業の1つである、地方行政に対するふるさと納税等のコンサルティング事業が好調です。コロナ禍の巣ごもり需要も影響し、昨年と今年に掛けて結果が現れてきました。
 また、札幌市内の再開発に伴う不動産広告が伸びたのも大きいですね。例えば、JR札幌駅北口や苗穂駅周辺など、大型マンションの広告を受注できたことが、今期の数字につながっています。

――広告の手法が大きく変化しています。

浅井 : ITバブルの2000年頃から、広告ビジネスはデジタルにシフトしていくだろうと言われていました。実際、ここ10年程で流れが加速していましたが、新型コロナ感染拡大で一気にデジタルシフトが進みました。現在は、どのような広告活動に対してもデジタルを考えなくてはいけない状況になっています。
 昨年度には、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌のいわゆるマスコミ4媒体全体の広告費をインターネット広告費が上回りました。広告は「広く告げる」と書きます。テレビや新聞といったメディアが限られていた時代から、今は一人ひとりがスマホを持ち、インターネットやSNSなどメディアが多様化しています。マーケティングを重視して生活者に情報を届けるという根本は変わりませんが、メディアが多様化したことで広告手法がインターネットやSNS広告に移り変わっています。

デジタルシフトを経て独自の提案を徹底

――主力事業をデジタルにシフトしたタイミングは。

浅井 : 08年に独自のマーケティングリサーチシステム「インサーチ」を開発したのが始まりです。広告会社のビジネスは、自社で集めた情報によって最適なご提案を行うこと。札幌圏のモニターの意見を集め、生活者の心に響く企画提案へとつなげています。 
 本格的にデジタルシフトが進んだのは、7年前にデジタルに明るい人材を確保してからです。17年にはインフルエンサーを活用し、商品やサービスを発信する「inShare(インシェア)」をスタート。インシェアもまた、コロナ禍に巣ごもり消費が増えたことで好調でした。
 インバウンド需要が高まっていた18年頃には百度やTikTokと業務提携を結び、中国人向けのデジタル広告を始めました。TikTokと業務提携を結んだのは北海道では当社が最初です。コロナ禍が収束すればインバウンド需要が再燃し、外国人向けデジタル広告も伸びるはず。今後に期待ですね。

――道内の広告会社では唯一上場していますね。

浅井 : 上場することで、お客様からの社会的な信頼を得ることはもちろんですが、採用面で有利に働いたり、社員に「この会社で働いてよかった」と思ってもらいたいという目的もありました。
 上場を考え出した03年頃には、自社の発展に加え、業界全体の発展のための取り組みも開始しました。それが、全国の広告会社約30社が集い発足した「日本地域広告会社協会」、通称JLAAです。現在は本会員と賛助会員を合わせると65社で、私は副理事長を務めさせていただいています。JLAAでは各エリアの課題や成功事例を共有しています。
 たとえば、当社で行っている講演者派遣事業「講演会インフォ」や、今年リリースした工務店情報サイト「ほっかいどうの家」は、実はJLAAに所属する道外企業が始めたもの。逆に、当社の「インサーチ」や高校生向けの就活情報誌などは、道外企業でも取り組んでいます。各エリアの広告会社が互いに協力し、業界全体の発展を目指しています。
 近年、4マス媒体や交通広告、デジタル広告など広告の手法やメディアは多様化しています。ですが、ターゲットのインサイト(消費者の潜在的欲求)を起点に、お客様の結果につながる独自の提案を行うという弊社の強みは変わりません。時代の流れをくんで、新たな挑戦を続けていきます。

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